
近年、日本でのブログ熱には目を見張るものがあります。いったい、ウェブ上にどれほどの数のブログがあるものか、見当もつきませんが、何気なくはじめたブログがきっかけで、図らずも、自分の中に人知れず眠っていた、ものを書くことに対する情熱を発見された方も多いことでしょう。私はというと、振り返ってみれば、子供のころから文章を書くことは好きでした。「蟹の旅」という、はじめての短編小説らしきものを書きしるしたのは、小学校の二年生の時のことでした。400字詰めの原稿用紙に20枚近くにもなる大作で、自分で挿絵まで書き、厚紙の表紙をホチキスで留めて装丁して小冊子にしたものも、度重なる引越しの騒動にまぎれて、今はどこにあるものか知れません。
わたしなどが、文章作法のことを書くのは、まったくおこがましいの極みですが、一つ、二つ、日ごろから気をつけていることがあります。それは、声に出してすんなりと読めるように書くこと。それから、書きたいことは、頭に浮かんだそのままを、けっして、真正面には書かないことです。第一の点は説明の必要もありません。二つ目は、つまり、たとえば、ある景色を見て、絵葉書のように綺麗だな、とおもったなら、絵葉書のように綺麗だった、とは書かないということです。そう書いてしまったら、ブンガクになりません。様々な策をめぐらし、言葉を操り、読み手の脳内に自然と絵葉書のような風景が想起されるように書くのが理想です。そして、理想と現実の距離に打ちのめされつつも、こりもせずに、くどくどと書く。これは、楽しいことです。
さて、お題がプラハの話ですから、やはり、プラハの話をしなければ。で、上の写真は、モルダウ河畔から見上げたプラハ城です。「絵葉書のように綺麗」ですね。

プラハというところは、夜の更けるのが早いところです。休暇というと、私は、スペインやイタリアのような暖かいところへ行くことが多いのですけれど、ああいうラテンの国の人たちは、とにかくもう、宵っ張りです。生活のリズムが日本人とは、ぜんぜん違います。レストランがにぎわい始めるのは、夜も10時をすぎてからですし、街は12時を過ぎてようやく本調子。まだ、道では、小さな子供が子犬を連れて遊んでいたりします。これくらいの時間になって、やっと、さあ、腹ごしらえも出来たし、飲みに行くぞ!って感じですね。
それにくらべて、プラハの人たちの夜の引き足の速いこと、速いこと。こちらは、いつものペースで9時過ぎくらいにカフェに入ったら、ご飯を食べている人なんて一人もいません。注文が運ばれてくるまでにも、一人帰り、二人帰りして、どんどん周りがさびしくなります。心細いことこの上ない。おい、おまえたち、ちょっと待て。俺たちを置いてどこへ行く?
写真は、食後のエスプレッソをすするころ、すっかり人通りのなくなった旧市街広場。カフェの中は私たちと、この人だけ・・・・・・。
プラハというところ、犬も歩けば・・・・ではないけれど、出るわ出るわ。チェコ・ギターデュオのコンサートからホテルへ帰る途中、またしても到底無視できないコンサートのポスターを発見してしまいました。「トミー・エマニュエル」ギターコンサート。この人はクラシックギタリストではなくて、いわゆるアコギ弾きですが、とにかく、巧いし、それよりも何よりも、最上級のパーフォーマー・エンタテイナーです。大ファンなんです、私。
ところが、そのポスターがチェコ語で読めず、日時こそ明日夜7時からと推察できるものの、肝心の会場がわかりません。さてどうしたものか。あれこれ思案する私を尻目に、そのとき、わが細君、少しも慌てず、その心胆、大胆にして不敵。「はがしてゆこうよ」と言うなり、ばりばりばり、くるくるくる。
そうして、もって帰ったポスターが上の写真です。おかげで、ホテルのコンシエルジュにチケットの手配を頼むことが出来ました。ところが、トミーの人気はプラハでも相当なものらしく、椅子席はすでに完売で、手に入るのは立見席のみとのこと。旅行中で、体力の方に不安のあることもあり、残念ながら今回は見送ることにしました。やっぱり、行けばよかったかなあ・・・・まあ、今夜もYouTubeで我慢するか。

さて、プラハへついて数時間もたたぬうちに街角に発見したポスターが上の写真です。チェコ・ギターデュオ・コンサート、明日、聖イルジー教会にて、夜八時より。チェコ・ギターデュオって、聞いたことのあるような、ないような。とにかく、出かけてみることにしました。
大聖堂横の小さな礼拝室にしつらえられたステージに現れたのは、年のころなら50代半ばのお二人。おそらく、ご夫婦でしょう。プログラムには、 Jana & Petr Bierhanzlとあります。イギリスに帰ったあとでHPを調べてみたら、プラハ音楽院の同級生デュオのようです。ペートルさんの手にしているのは、明らかにフラメンコギターです。一方、ヤーナさんの方は普通の杉のクラシックギターに見えます。で、プログラムが、ヴィヴァルディ、パガニーニ、アルベニス、グラナドス、フラメンコ・・・・・えっ、フラメンコ?うーん、こういうパターンは、私の経験からすると、大変まずい組み合わせです。食べあわせが悪いんですね。ウナギと梅干のような。
一抹の不安を抱えつつも、コンサートは始まりました。いきなり、結論から書いてしまうと、私の不安は、半分的中し、半分杞憂に終わったと言うべきでしょう。技術的には、最近の若手ギタリストのようなサイボーグ的な正確さこそないものの、大変に達者で安心して聴いていられる演奏でした。アンサンブルは一糸も乱れず、ほぼ完璧で、さすがに夫婦デュオと思わせるものがありました。演奏のスタイルは独特です。スペインものでも、私の歌い方の感覚とまったく違ったフレーズが次から次へと現れて、共感こそしないものの、新鮮でした。フレーズの間の息継ぎの間が極端に短くて、どことなくジプシー音楽風です。言葉にするのは難しいけれど、繰り返すたびにテンポを増して加速してゆくコサックダンスを思い浮かべていただけるとよいかもしれません。ここは東欧なんだなあ、と妙に納得しました。

旅行先にプラハを選んだわけは、ただ漠然と、旧東欧圏へ行ってみたいという、至極単純な思いからです。古いヨーロッパの町並みの残る、ビールのうまい所。そんな月並みなイメージを頭のなかに描きながら、観光ガイドを眺めていると、音楽と芸術の都、とあります。あれ、それはウィーンのことじゃないのかな。いやまあ、プラハだってアマデウスの撮影の舞台になっているし、すてたものではありません。ゆかりの音楽家と言えば、モーツァルト、ドボルザーク、スメタナ・・・・、ギタリストのパベル・シュタイドルもチェコ人だし、シュテファン・ラックはプラハの音楽院の教授だったはず。そういえば、マリオネットとか、伝統的な人形劇の盛んなところでもあったなあ。何年か前にテレビで見たチェコのコマ撮りアニメーション映画は芸術性の高い、すばらしいものでした。
さらにガイドを読み進みます。プラハはカフカが生まれ、その一生のほとんどを過ごした街。ありゃあ、そうだったか。これは、一生の不覚。フランツ・カフカと言えば、私の大好きな作家。高校時代に、短編の変身にはじまり、城や審判などの代表作を夢中になって読みました。読んでいるうちに、自分は一体、今、何を読んでいるのかさえ、確信の持てなくなってくる麻薬的かつ理解不能の不条理と非現実。そうか、カフカの城は、プラハ城だったのか・・・・・。
そういうわけで、プラハへの期待感は、私の中で否応なく、むくむくと膨らんでゆくのでした。
写真は、血中チェコビール濃度5%時の蚊帳吊りウサギの見た夜のプラハ城とカレル橋。

ここのところ、私にしては多忙な日々が続いておりましたので、骨休めに一週間ほどお休みをいただいて、女房と小旅行に行ってきました。旅行先で撮った一枚が上の写真です。11月も末となれば、木の葉もすっかり落ちて、重たい曇り空には小雪がちらつき、街には冬の気配が漂っていました。写真からすぐに行った先がわかった方は、かなりのヨーロッパ通でありましょう。写真中央を流れる川は、ヴォルタヴァ(モルダウ)川。街の名は、プラハです。

何事も、いろいろ起こるときは一度にいろいろ起こるもので、相変わらず公私共にストレスフルな状態が続いています。まあ、私は政治家ではありませんから公人としての顔などないわけで、公私というよりは、職私といったほうが適切でしょう。そんな中で今週は、私の勤務する会社を構成する二つの事業部のうちのひとつが、何の前ぶれもなくいきなりヨソの会社に建物・従業員ごと売却されてしまいました。私は買われないほうに残りました。まあ、数年前には、まるごとドイツの会社に買収されたりしたこともありましたので、いまさら驚きませんけれど。こういうM&Aが凶と出るか吉と出るか・・・・なんともわかりません。
写真は、なだらかな丘に干草を干して丸めたHayrollが点々と転がっている、イングランドではごくありふれた秋の風景です。車を走らせていて、丘の陰から突然これが現れると、かなりドキッとします。小さいように見えて、人の背丈よりはよほど大きなもので、縮尺の違う写真をCGで張り合わせたような妙な違和感を感じて、遠近感がかく乱されるのです。こういう、現実の中の小さな非現実には、何か危ういものを感じて、妙に心惹かれます。

うちの裏庭には、けっこうたくさん木が植わっていまして、四種類の楓にユーカリが二本。この楓の話は、またそのうちに書くかも知れませんが、今日の話題はユーカリです。ユーカリと言ったって、別にコアラを飼っているわけではなくて、まあ、ただ植わっているというだけのことであります。ところで、ご存知かもしれませんが、この木は育つのがやたらに速いんです。7年前に越してきた時にもすでに、大きな木だなあ、と思うくらい大きかったのですが、それからさらに、あれよあれよという間に大きくなって、最近では私の部屋はユーカリの大木のおかげで昼なお暗く、窓から見えるのは柳のできそこないのようにだらしなく垂れ下がったユーカリの枝ばかりというありさまでした。
というわけで、先週ついに植木屋さんの手を借りて、このユーカリ二本を刈り込むことにしました。高さは半分くらいにして、枝もたくさん間引いて・・・。で、やってきた植木屋のお兄ちゃん二人。こちらでは、ツリー・サージョンといいます。直訳すれば、木の外科医。これがチェーンソーでユーカリの木を切り刻むわけですから、字面だけを見ていたら、スプラッター映画のバナーのようです。サージョンというだけあって、装備も日本の植木屋さんのイメージではありません。写真はクレーン車から伸ばしたバスケットに入ってユーカリにチェーンソーをふるう植木屋さん。なんだか、サンダーバードでも見ているようでした。
二人のユーカリと格闘すること二時間ほど。おかげで裏庭は見違えるほどすっきりしました。切り落とされて、文字どおり山のように積み上げられたユーカリの枝は、ひき肉器の親玉のようなシュレッダーにかけてその場でチップにするのですから、最後の最後まで、スプラッター映画を連想させます。直径10センチほどもあろうかという枝がまるごと、轟音とともにこなごなになってシュレッダーからトラックの荷台に吹き出されてゆく様子は、実に壮観でした。これですっかり日当たりもよくなって、この夏は庭の手入れにも力が入ろうというものです。
基本的に私が面白いと思ったことを、あくまで自分勝手に書きつけてあるわけです。そうはいっても、一応の仮想読者層というものがありますので、あまりにも一般性のない話は、いくら自分が面白いと思っても、やはり、書きにくいものです。ここのところ、ずっと更新が滞っていたのは、公私共に多忙、且つ過ストレスであったということのほかに、「面白いなあ」と思ったネタがあまりに私の専門に偏りすぎていたという事情があります。
しかし、それしか書くことがないのであれば、まあ致し方ない。誰にはばかることもない。えい、書いてしまえ・・・というわけで、今回の話題は、先日、北イングランドはヨークシャーのヨーク大学で開かれた、SBDD講習会の話です。SBDDというのは、Structure-based drug design(構造に基づく薬物設計)の略で、薬物の作用する受容体や酵素と薬物が相互作用をした結果できるタンパク・薬物複合体の三次元構造に基づいて、合理的に新しい薬を設計・開発する手法のことです。酵素の持つ高い基質選択性を説明するモデルとして、鍵と鍵穴のアナロジーはあまりにも有名ですけれど、このタンパク・薬物複合体の構造を知るということは、要するに鍵が鍵穴にはまったところをスナップ写真に撮ってくるようなものです。その構造というのは、X線結晶構造解析やNMRなどの手法を使って明らかにすることが出来ます。こういう動かぬ証拠を手に新しい薬の構造を考えてゆくことで、従来のように闇夜の鉄砲的なランダム・スクリーニングに頼らない、効率的な新薬の開発が出来る・・・のじゃあないかなあ・・・出来ればよいなあ・・・上手くいったらボーナスでるかなあ・・・というわけです。
いやあ、やっぱり書きはじめてみると重いですね。そこで、さっさと話題を変更することにします。写真は、ヨークを取り巻く城壁から街の中心部を眺めたところ。遠くに大聖堂が見えます。

トコトコ歩いていって見上げて見たところが下の写真。紺碧の空に突き刺さるようなその威容に圧倒されます。

この街は、古くはバイキングやスコットランド人の侵入からイングランドを守る北の軍事上の拠点でありました。ニューヨークというのは、新大陸へ渡った人たちが故郷のヨークを懐かしんでつけた名前なのかもしれませんね。なんだか、支離滅裂だなあ。
先日の話が重かったので、というわけでもないのですが、この間の日本への出張の時のスナップを紹介してみようかなと・・・・・

これは、「わが愛すべきドイツ人の同僚、ライナー君、カラオケボックスで熱唱するを堪能する蚊帳吊りウサギの図」(長いな)。で、歌っている曲はというと、これ。はは、「火の粉がパチパチ」って、王様のバージョンをご存じですか?

出張中、毎日こんなことをしているわけではないんですよ。いや、ほんとに・・・・
それにしても、しんみりしてみたり、バカやってみたり。いろいろです、私の毎日。昔はこういうのが、偽善的に思えて無性に腹立たしかったけれど、 人生泣き笑い。そういうもんなんだろうな、と思う今日この頃です。