Kayatsuri Blog

29/06/2008

コンピュテーショナル・ケミストリ

Filed under: 日々のこと, がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 06:32 pm

s-hiv.jpg

突然また、おかしな話で恐縮ですが、私は、ずいぶん長いあいだ、有機合成化学というものを職業にしてきました。いや、職業は会社員で、有機合成化学というのは専門分野というべきでしょうか。うーん、自分としては、化学が職業という感覚なのです。これは、会社と専門と、どちらへの帰属意識が重いかという問題ですね。まあ、それはさておき、有機合成化学者というのは、要するに、いろいろな薬品をフラスコの中で混ぜ合わせて、新しい物質を合成するのを生業としている人のことです。実験室で白衣を着て試験管を振っている。ああいうイメージですね。

何を合成するかというと、それは、所属する組織の都合で決まります。大学を出てすぐのころは、ペンキや接着剤への添加物なんかを作っていました。イギリスの会社に移ってからは、医薬品ないしはその原料です。合成屋にとっては、作る対象などというのは、所詮はどうでも良いのであって、まあ、よっぽど臭いとか、猛毒だとか、爆発して危険だというようなものでもない限り、けっこう機嫌よく作れるものです。

私は、これが自分の天職のように思っていたのですが、長く仕事をしていると、少しずつ立場というものが変わってくるもので、10年くらい前からは、自分で実験台に向かう事はほとんどなくなり、若い皆さんにお願いして、仕事をしていただくようになってきました。そうなると、私の仕事は、何を、どう作るのかを決めることです。薬(というよりは、新薬候補なんですが)を作っているわけですから、病気に効くものを作らなきゃあいけません。だから、どういういうものが良く効くのかを考えなくてはいけない。もちろん、薬といったって、万病に効く薬とか、馬鹿につける薬を開発しているわけではありませんので、はっきりとした疾病ターゲットがあります。それも、ただ、ガンだとか、高血圧だとかいった狙い方ではなくて、ガンであれば、正常細胞がガン化したり、ガンが増殖したりするメカニズムを良く調べた上で、そのメカニズムの流れの一点を、薬という異物でピンポイントに狙ってゆきます。そういうわけですから、ぼんやり考えていたって、良い考えの浮かぶわけもなく、いろいろ工夫をしなければなりません。

どういう工夫かというと、コンピュータを使って、薬と人間の身体の相互作用をシミュレーションするのです。人間の身体といったって、今の科学のレベルとコンピュータの処理能力では、人間全体をコンピュータの中にモデルとして構築するなどということは、もちろん出来ません。では、胃とか、肝臓とか、臓器一つくらいなら出来るかというと、これも出来ません。実際のところ、細胞一つの挙動のシミュレーションだって、現状では、夢のまた夢です。では、何ができるのかというと、酵素とか、各種の受容体とか、要するに、分子量数万くらいまでの、タンパク質一つくらいなら、いろいろと問題はあるにせよ、何とか現実的な3次元モデルを組み立てることが出来ます。というわけで、最近の私は、日がな一日、創薬ターゲットのたんぱく質のモデルに、いろいろな物質、つまり新薬候補をはめ込んでみては、うまくはまるの、はまらないのと、思案を繰り返しています。現実の実験室からは、ほぼ完全に離れてしまって、バーチャル・リアリティーの中に、一人生きているわけです。私は、自分でもなんだかよくわからないうちに、コンピュテーショナル・ケミスト(計算機化学者)というものになってしまったようなのです。

そのたんぱく質のモデルの世界というのは、たとえば、(この例は、もちろん、会社の仕事ではなくて、パブリック・ドメインからとってきたものですが)図のようなものです。ぐにゃぐにゃしたスポンジのようなものがHIVプロテアーゼという酵素で、緑で描かれているのが薬の分子です。エイズのウイルスが人間の免疫細胞に感染して増殖するには、この酵素の働きが必須です。そういうわけで、この酵素の働きを止める作用のある物質は、エイズの薬になるのです。こういうモデルを作っては、タテヨコナナメに動かしてみたり、相互作用のエネルギーを計算してみたり、ああでもない、こうでもないと弱い頭をひねっては、何かのはずみで良いアイデアの浮かぶことに、一縷の望みを託すのであります。

ところで、酵素(たんぱく質)はどうして、こんなにぐにゃぐにゃした、おかしな形をしているのだろうと思った方は、いらっしゃるでしょうか。学校で習った、元素記号を線でつないだ分子の表記とぜんぜん違うと。じつは、分子の形とか、大きさをグラフィックに表現するのは、けっこうややこしいことなんです。次は、そのあたりのことを書いてみようかなあ、と思いますが、さて、そんな根気があるかどうか。

23/06/2008

リチュアル

Filed under: 日々のこと, 音楽・ギター — 蚊帳吊りウサギ @ 09:47 pm

s-p2210105.jpg

こういう風に書くと、なんだか意味不明になってしまうかも知れませんが、下の記事で、カタロニアの録音が自分の青春の総括だ、などと書いているうちに、ふと思いました。私は西洋音楽の基本ルールをきっちり勉強して、素人が聞いても、玄人が聞いても、良い演奏をしたい。自分は、そう思っているのだと、自分で信じているようなところがありましたが、本当は、ちょっと違うのかもしれません。

ギターを弾くことは、自分にとって、常に何か、内面的で非常にシンボリックな意味があるように思います。逆にいえば、そういう意味を見出せないと、曲を弾く気にならない。カタロニアについて言えば、あの学生時代のアパートで山下のLPを聴きながらすごしたころの自分を、ある意味では音楽に投射しているわけです。それは、第一変奏のこの音が、あのころのこういう思い出の比喩になっているというような、直喩的な投射ではなくて、古い楽譜を引っ張り出してきて、毎日毎日練習して、最後に録音するという作業全体が、何かの抽象的な隠喩になっている、というような意味です。

自分は音楽をやっているような顔をして、本当は似て非なることをしているんじゃあないかなあと、ふと、思ったということです。以前からも、そういう、不思議な疑問がふつふつとわあきあがってくることは、時々、あったのですけれど。

たとえば、あるところに町外れの観音様までジョギングするのを日課にしている人がいる。彼の走る姿を見て、近所の人は、てっきり熱心な市民ランナーだと思っている。ところが、その観音様は万病平癒の霊験あらたかなことで有名で、彼は自分の父親のがんが治りますようにと、毎日願をかけに行っていたのだった・・・というような。

どうも、人間のすることには、他人からはっきりと見える表面的な行為そのものの背後に、何か、もっと重要な真の意味の隠れていることが多いように感じます。それを、当の本人が自覚しているかどうかは別として。

写真は、私が勝手に「ギタリストの手」と名前をつけた近所の広場の木です。 指先からオーラを放って、今にも強烈なラスゲアードを繰り出しそうでしょう。

13/06/2008

ナローボート

Filed under: 日々のこと — 蚊帳吊りウサギ @ 09:18 pm

s-quietman.jpg

イギリス人が、運河に浮かべて水上生活をしているナローボートというのは、たいてい、こんな感じです。ちゃんと走るんですよ。定住するためには、停泊地の権利を買わなければいけないのではなかったかなあ。うーん、よく知りません。案外、ロンドンのシティーで働いているような、エリートビジネスマンが住んでいたりすることもあるらしいです。

12/06/2008

やっぱり

Filed under: 日々のこと — 蚊帳吊りウサギ @ 08:06 pm

s-p8040009.jpg

愚痴、泣き言の類は、どんなにさらっと書いたつもりでも、読み返してみると、情けないというか、見苦しいものです。というわけで、下の記事、早めに視界の外へ行っていただきたく、新しい記事をぽつぽつと書いてみようかと。 といっても、たいして書くことのあるわけでも なし。困ったな。

えー、先週末は、良いお天気だったので、近所の運河のロック(水門)へ散歩に行ってきました。イギリスには、こういう運河網が縦横無尽に張り巡らされています。かつて、産業革命のころの国内物流を担った運河も、とうの昔に高速道路と鉄道に主役の座をゆずり、今ではのどかな田園風景に華を添えているのみです。とはいっても、今でもこの運河網を使って国内旅行を楽しむ人も多いですし、中には、運河にナローボートという独特の船を浮かべて、水上生活をしている人までいるのです。そういえば、浩宮がオックスフォード留学時代に書いた学位論文も、テムズ川の運河について、だったように思います。

10/06/2008

まいった、まいった・・・

Filed under: 日々のこと — 蚊帳吊りウサギ @ 09:42 pm

s-photo.jpg

今日は夕方から、アメリカのクライアントと電話会議。出来れば、午後5時からの会議なんていうのは、勘弁していただきたいのですが、イギリスの夕方5時は、カリフォルニアの朝9時というわけで、いたし方ありません。電話で話しながら、パワーポイントでプレゼンをしてゆくわけですが、いやー、絞られました。出すスライド、出すスライド、ねちねち突っ込まれて、それが理にかなった批判ならまだしも、かなり無理のある議論なもので、丸く収めるのに一苦労しました。アメリカの会社との付き合いは、ヨーロッパの会社に比べると格段に難しくて、いつもストレスがたまるものなんですが、今度の向こうの女性の担当者は、ホントにたいへんです。身体弱いんだよー、勘弁しくれー。

ところで、上の写真は、私の心象風景に浮かんだ彼女の姿にあまりにぴったりだったもので、つい、使ってしまいましたが、特に女性一般を揶揄するものではないことを、お断りしておきます。念のため。

02/06/2008

忙しい・・・・

Filed under: 日々のこと — 蚊帳吊りウサギ @ 08:55 pm

s-p7180123.jpg

といっても、8時半に出社して、6時前には退社できるのですから、日本のサラリーマンの生活に比べれば、なんと言うことはないはずなのですが、どうにも、ここのところ、ここに何か書こうというような余裕がありません。というわけで、ブログの更新が、はなはだしく滞っております。うーん、これは、おそらく、忙しいとか、忙しくないとかの問題ではないのでしょうねえ。なんというか、知的好奇心が会社の仕事に全部吸い取られているような感じなんです。夜、布団の中で目をつぶっていても、ぼんやりとターゲットの結合部位の三次元構造が頭に浮かんできて、ああでもない、こうでもないと、一人ぶつぶつ言っていたりして、女房に気味悪がられています。

こういうのも、金こそ絡んでいないだけで、一種の欲、煩悩の類なんでしょう。してみれば、解脱などというものは、研究開発屋には、まったく無縁の境地であるということになります。

カタロニア・ヴァリエーションへの道、いまだ遠し。

24/02/2008

誤謬(ごびゅう)

Filed under: 日々のこと, 音楽・ギター — 蚊帳吊りウサギ @ 01:20 am

s-p1220036.jpg

どこでとは、あえて言いませんが、つい最近「誤謬(ごびゅう)」という論理学用語を覚えました。誤謬というのは、要するに、ある論証において、論理展開過程に根本的誤りがあり、その論証が全体として妥当でないことを言うのだそうです。たとえば、こういう論証です。

セゴビアは、唯一無二、至高のギタリストである。ところで、蚊帳吊りウサギは脊椎動物である。一方、セゴビアも脊椎動物である。したがって、蚊帳吊りウサギも、唯一無二、至高のギタリストである。

聞くところによると、蚊帳吊りウサギは、徳島県美馬郡に伝わる民話に現れる妖怪、蚊帳吊りタヌキの遠い親戚だそうですので、ウサギという名前がついていても、所詮は妖怪。脊椎動物であるかどうかは不明です。うーん、まあ、それ以前に、上の論証は、論証をすっ飛ばして結論だけ見ても明らかに誤っていますが。

18/02/2008

離陸・・・してもいいのかな?

Filed under: 日々のこと — 蚊帳吊りウサギ @ 09:13 pm

最近、千歳空港で、日航のパイロットが管制官の指示を聞き違え、滑走路に別の飛行機がいるうちに離陸しようとして、あわや追突というニアミスを起こすという事件がありました。ちょっと長いですが、朝日新聞のウェブサイトから引用します。

「事故調査関係者やJALによると、管制官が502便に出した指示は、「expect immediately takeoff」(直ちに離陸するよう備えよ)という英語だった。国交省監修のマニュアルにはない表現だが、混雑時などに国際的に使われているという。この表現では、冒頭の「expect」(予期する)を聞き落とした場合、「immediately takeoff」(直ちに離陸せよ)と受け取れる。調査関係者は、操縦士がこの後段部分に影響され、離陸を許可されたと誤認した可能性があるとみている」

で、「expect immediately takeoff」ですが、これでは英語になっていません。「expect immediate takeoff」なら、まだわかるけど。また、無理して読めば、「滑走路に進入したら、直ちに離陸せよ」と、とれなくもない、すごく誤解を招きやすい表現で、こんな指示の仕方が許されているなんて驚きです。「prepare for immediate takeoff」とでもいうべきところでしょう。ほんとうに、ヒューマンエラーを防ぎたかったら、「proceed to runway and wait for further instruction」とでも言って、実際に離陸を許可するまでは「takeoff」なんて言葉を使わないことだと思います。

そもそも、日本の飛行機なのに、日本の空港の管制官となれない英語でやり取りするのがおかしいんじゃないでしょうか。外国の飛行機も離着陸するわけだから、仕方がないといえば、仕方ないんでしょうけれど、ヘンだといえば、かなりヘンな話です。英語でしゃべらナイトなんていって、何でも英語でしゃべればいいってもんじゃないんじゃないかなあ。世界共通語としての英語なんて、産業革命以来、まずイギリスが帝国主義の権化として世界の大半を植民地化し、大戦以後はアメリカが資本主義の名のもとに、さらに徹底的に地球規模の経済侵略をした副産物でしょう。日本人は、よく英語が下手だとか、なかなか国際化できないなんていわれますが、これは、なんといっても、日本がアフリカ、中東、インド、東南アジア諸国のように、早い時期に西欧列強の植民地となり、自国の言語文化を奪われ属国化されるという経験を経ていないことが大きいのだと思います。これは、むしろ、誇るべき、幸せなことです。もちろん、その逆に、あろうことか自らが帝国主義を振り回して、近隣諸国を侵略する道を歩んでしまったことは、痛恨の極みではありますが。

01/01/2008

謹賀新年

Filed under: 日々のこと — 蚊帳吊りウサギ @ 05:59 pm

s-p2270109.jpg

みなさん、明けましておめでとうございます。昨年中は、こんな偏屈なブログにお付き合いいただきまして、本当にありがとうございました。本年も、どうぞよろしくお願いいたします。

上の写真は、プラハで見つけたコショウと塩のディスペンサーです。 新年を迎えるにあたって、白い人も、黒い人も、カソリックも、プロテスタントも、オーソドックスも、イスラムも、ユダヤも、ヒンズーも、日蓮宗も、曹洞宗も、そして、まあ、私事ですが、われわれ夫婦も、ちょこっと末席に加えていただいて、門松立てて仲良くいたしましょう、というわけです。

レポートに、2007年度のまとめ、mp3ダウンロード・ベスト20をアップしました。

22/12/2007

プラハの話、その6

Filed under: 日々のこと, 音楽・ギター — 蚊帳吊りウサギ @ 09:41 pm

s-p1250082.jpg

プラハでは、ちょっとした掘り出し物を見つけました。写真は、着替えのシャツやセーターにぐるぐる巻きにして、運搬中の「掘り出し物」です。手荷物として、キャビン内に持ち込めたのはラッキーでした。詳細と写真は、レポートのページに。

Next Page »

Powered by WordPress