Kayatsuri Blog

08/09/2009

新型インフルエンザ

Filed under: 日々のこと, がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 09:27 pm

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みなさん、ご無沙汰しています。病み上がりの蚊帳吊りウサギです。

日本では、いつから「豚」が「新型」になったのか知りませんが、勘弁してほしいなあと思っていたら、案の定かかりました。いや、もう少し正確に言うと、おそらくかかったものと思われます。一月ほど前に妙に寝苦しい夜があって、夢を見ているような、目のさめているような、どちらともつかない不愉快な気分で一晩を過ごした後、朝、起きてみると体の節々がシクシクと痛みます。まだ熱は無いようですが、こりゃあ風邪だと思い、何とか出社して最重要の案件から処理してゆくと、思った通り、昼ころには背筋がゾクゾクとしてきました。悪いものをもらったときはなんとなくわかるもので、即座に、一晩寝たら案外すっきり・・・なんていうことは期待できないと直感しました。午後から会社を早退して、ベッドにもぐりこむころには、もう立派な病人で、38度台の熱がありました。ちょうど、オックスフォード近辺でも、新型が蔓延し始めたころでした。

この時点で新型という確証はありません。ただ、普通の風邪にしては、熱の出方が尋常ではありませんでした。ほっておくと、どんどんあがります。解熱剤を使いすぎるのは基本的によくないことなので、薬で下げなければいったいどこまで上がるのか試してみたら、あれよあれよという間に39.4度を記録しました。こんな熱は、子供のころにかかったお多福風邪以来のことです。意識が朦朧としてきたので、あわててアセトアミノフェン(イギリスでは、一般に、パラセティモルと呼ばれることが多いですが)の錠剤を飲み下すと、一時間ほどで、37.5から38度くらいにコントロールできました。これが、以後、3週間にわたるNSAIDとのお付き合いの始まりでした。

NSAIDは、ノン・ステロイダル・アンチ・インフラメトリー・ドラッグ(非ステロイド系抗炎症薬)の略で、アセトアミノフェン、イブプロフェン、インドメタシンなどが風邪薬やシップ薬によく使われているので、おなじみのことと思います。そういえば、インドメタシンには、がんの血管新生阻害作用があるといわれていますが、はっきりした臨床データはでたのでしょうか。私の食道がんがほとんど転移しなかったのも、疼痛のコントロールに大量のインドメタシンを使っていたからじゃないかなあ、なんて思うこともあります。

写真は、お世話になった薬たちのパッケージ。

31/05/2009

最近買った本

Filed under: 日々のこと, がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 10:20 pm

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旭屋書店がロンドンから撤退して以来、イギリスには本格的に日本の本を在庫する本屋はなくなってしまいました。今ではコンビニの本・雑誌コーナー程度のものが、ロンドン三越、その他の雑貨店の中に残っているのみです。必然的に、和書は日本のアマゾンから買うことになり、一回の送料を節約するために、たいてい、数冊をまとめ買いします。

最近、量子力学関係、その他の本をいくつか買い込みました。

1 量子化学入門(下)、米澤貞次郎ほか、化学同人
2 量子力学の解釈問題、コリン・ブルース、和田純夫訳、講談社
3 シュレディンガーの猫がいっぱい、和田純夫
4 量子力学 観測と解釈問題、高林武彦、海鳴社
5 入門UNIXシェルプログラミング、ブルース・ブリン、山下哲典訳、ソフトバンク・クリエイティブ

その少し前に買った本・・・

6 高校数学でわかるシュレディンガー方程式、竹内淳、講談社
7 高校数学でわかるマクスウェル方程式、竹内淳、講談社
8 高校数学でわかるボルツマンの原理、竹内淳、講談社
9 忘れてしまった、高校の数学を復習する本、柳谷晃、中経出版
10 生命とは何か 物理的に見た生細胞、シュレーディンガー、岡小天ほか訳、岩波文庫

高校程度の数学をさらうだけで、何とか量子力学とその周辺分野(電磁気学、統計熱力学)を手っ取り早く復習したいという安易な考えがストレートに現れているのが、6-9。ところが、ついついいらぬところに気が散るのが私の悪い癖で、それは10を見ればわかります。最近買った1は福井謙一学派の手になる名著で、安易な「高校程度の・・」作戦が失敗に終わり、本格的に量子力学を復習せざるを得なくなったことを物語っています。それが面倒くさくて仕方ないものだから、思いっきり気が散っているのが良くわかるのが、2-4ですね。5は、まあ、必要に迫られてということです。

この週末は、3の「シュレディンガーの猫がいっぱい」をゆっくり読みました。量子力学の多世界解釈については、恥ずかしながら、ほとんど何も知りませんでしたので、「ああ、こういうことを、一生懸命考えている人がいるんだなあ」と、妙に感心したものの、肝心の本論については、腑に落ちないことばかりです。そもそも、こういう本来数学の言葉で記述されるべき問題を、啓蒙書の中で平易な言葉で取り扱うのには、本質的な困難があるわけで、おそらく、私の疑問のほとんどは、私の無知と数学力の不足から来るものだとは思います。2もじっくり読んでから、また、気が向けば何か書くかも知れません。

ひとつだけ、無知をさらすのを覚悟で考えたことを書いておけば、波動関数で記述される確率的な(あるいは、多世界の重なりあいとしての)電子のふるまいというのは、有機化学者にとっては、ある意味で日常的なもので、むしろいまさら観測によって位置の定まった粒子などに収束されては困るようなところがあります。われわれが、分子間の相互作用などを考えるときは、電子をあくまで電子雲というか、軌道として取り扱っているのであって、粒子としての電子を意識することはほとんどありません。薬物と生体分子の相互作用なども同じことです。このような相互作用はサイズ的には、マクロとミクロの中間に位置するものでしょうけれど、その相互作用の結果が人間の生理状態に大きな影響を与えることを考えれば、マクロな現象といわざるを得ません。マクロな現象である以上は、数ある多世界の中から、その観測者というか、当の生体分子の持ち主である人間と住む世界を同じくする電子のみがかかわってるはずですが、問題なのは、そういう粒子として収束してしまった電子では、現象としての有機反応を説明できないのです。うーん、なんだか、私の言いたいことを、意味がわかるように書くのは、ほとんど不可能なように思えてきましたので、続きはまたの機会に。

写真は、近所の街の公園です。もともとは、市民革命のころに取り壊された古城跡なんです。

19/05/2009

豚インフルエンザ

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 09:52 pm


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豚インフルエンザの感染が広がっています。当局の対応が行き過ぎなのか、適切なのかは、判断の難しいところですが、いずれにせよ、私のように胸部および上腹部のリンパ節を根こそぎにされている人間にとっては、弱毒性とはいっても、このウイルスに十分な免疫反応が起こるかどうか、かなり心もとないものです。出来ることなら、かかりたくないですねえ。

ところで、このインフルエンザウイルスに関して、とてもよくまとまった記事をみつけましたのでご紹介します。どうやったら、インフルエンザにかからないか、というような実用的なことではなくて、最近の新薬の開発が、どのようなコンセプトで行われているのかということが、このウイルスを例に書かれています。ここに紹介されている、ターゲットの構造に基づいた薬物設計というのは、現在の創薬プロセスの根幹を成すものです。これを読んだだけでも、この分野が、分子生物学、医学、構造生物学、有機化学、計算化学などの最先端のサイエンスを集約した、きわめて学際的な分野だということがお分かりいただけると思います。要するに、一人の専門家では歯が立たないんです。逆に言うと、一人一人の研究者が、ほんとにいろいろなことを勉強しないといけない。

写真(図)は、タミフルが鳥インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼに結合しているところです。酵素のポケットの深いところにはまっているのがわかると思います。ここは、酵素の活性部位、その働きのおおもとをつかさどる部分ですから、なかなか突然変異が起こりません。これがタミフルが、比較的広い範囲のインフルエンザに効果を示す理由になっています。ポケットの入り口付近の酵素活性に直接関係のない部分は、どんどん突然変異で変化してゆきますから、このあたりを狙って薬を作ったのでは、新しいウイルスに対しては、すぐに効果がなくなってしまいます。あくまで大雑把なはなしですけれど。

30/04/2009

GAMESS並列計算のその後

Filed under: 日々のこと, がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 09:37 pm

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なんだかんだで、GAMESSという分子の電子状態を計算するソフトをいじくることに、ほとんどのエネルギーを吸いとられていた過去数ヶ月でありましたが、かなり煮詰まりました。メモリ量の問題から32ビットのウィンドウズに見切りをつけたのが昨年の暮れのこと。その後、新しいパソコンにリナックス(64ビット版Fedora10)をセットアップし、GAMESSをコンパイルしてインストール。SMP環境で4CPUコア並列計算が安定して走るようになったのが今年の一月半ば。さらに、二月には、何を血迷ったか、壊れて動かなくなっていた女房の古いPCにパーツを足して再生し、既存のリナックスマシンとつなげて、2ノードのリナックスクラスタに仕立てるということを始めてしまいました。筆舌に尽くしがたい(ちょっと大げさか)悪戦苦闘を強いられ、縁もゆかりもない人にまで多大な迷惑をかけた結果、ついに一週間ほど前、安定運用にこぎつけました。

写真が、そのDIYリナックスクラスタの勇姿であります。3台のPCがあって、一見、3ノードのクラスタのようですが、真中のマシンは汎用ウィンドウズ機で、メールやウェブの閲覧、デジカメ画像の加工、ギターの録音などに使っています。これは一種のウィンドウズファイルサーバになっていまして、Sambaでリナックスマシンとつながっています。黒いのがマスタノード。これが、NFS、NISサーバで、左端の小さいほうのクライアントノードとの間で、ユーザのホームダイレクトリ、GAMESSのインストールされている/optなどを共有しています。CPU・RAMはマスタがQ6600・8GB、クライアントがQ9650・4GB。それぞれ、1TBのスクラッチ専用ディスクを持っています。ちょっと世間の常識では信じられないかもしれませんが、これでもメモリが不足する場合があるので、それぞれのノードに、知るひとぞ知るインテルの高速ssd、X-25Eの32GBを載せて、全容量をswap領域(仮想メモリ)に設定してあります。一種のRAMディスクですね。これを通常のハードディスクでやろうとすると、I/Oが遅すぎてジョブがとまります。ノード間の通信は、ギガビットのイーサネット。マスタだけでなくクライアントからも、SNATでマスタをルータとしてインターネットにつながるようにしました。小さいながらも、立派な2ノード8CPUコアのクラスタです。

ちなみに会社で使っているクラスタは、32ビットのものが17ノード、34コア。64ビットのものが、20ノード、80コアですので、まったく比べ物になりませんが、それでもハードに工夫をしただけのことはあって、ベンチマークをとってみると、自作クラスタは会社のクラスタに比べてcpuコアあたり1.5倍程度の処理能力を持っているようです。まあ、この程度のDIYマシンでも一昔前のスーパーコンピュータ並みの演算能力があるわけですから、IT技術の進歩のスピードには驚くばかりです。

今回の作業の成果といえば、気兼ねなしに使える自分専用のリナックスクラスタが手に入ったことはもちろんですが、セットアップの過程を通して、リナックス・ユニックス環境にかなり慣れたことでしょう。科学技術計算(プログラム開発)のための環境としては、リナックスがウィンドウズに比べて圧倒的に優勢な理由がようやく飲み込めたところです。私自身は、まだまだ初心者の域を出ないのですけれど。

26/01/2009

本を書きました

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 09:26 pm

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といったって、 この本の中の章のひとつを、同僚と分担して担当しただけですので、実際に私が書いた分量は、たかが知れていますけれど。おかげで、JohnWeily社からは、生涯執筆者割引の権利をいただきまして、今後、Weilyの本なら何でも20%引きで買うことが出来ることになりました。なんだか、すごく得した気分です。

アマゾンに在庫がありますので、興味のある方はどうぞ、お買い上げください、といいたいところですが、こんな本、自腹を切って買う人は、めったにいませんね。いくら専門書は高いといっても、ひどい値段です。

09/12/2008

GAMESS

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 09:07 pm

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さて、並列計算のその後ですが、いろいろとGAMESSのマニュアルを読んで、並列計算の際のメモリの割あて方を調べてゆくと、MWORDで規定されるreplicated dataとMEMDDIで規定されるdistributed dataを、実装メモリの量と照らし合わせて適当な値に設定すれば、私のパソコンでもかなりのレベルの計算が実行できるらしいことがわかってきました。約400原子、20フラグメントほどの規模のMP2、6-31G**(3周期のの原子には3df)、FMO一点エネルギー計算がCPUタイム、20時間くらいで終了します。正直、感動しました。

で、もう少し大きな規模の計算を、もう少し速く 、、、というわけで、たいした考えもなく、先日帰国した時に、梅田のヨドバシカメラで、1GBのSDRAMを二枚買ってきまして、マザーボードリミットの4GBまで、RAMを増設してみました。ところで、やってしまってから気づいたことですが、32ビット版のXPが扱える理論上の最大メモリ量は4GBなんですね。2の32乗ということなんでしょうけど。で、パソコンを起動して、セットアップで物理メモリ量を確認すると、確かに4GBになっています。しかし、ウィンドウズ起動後にタスクマネジャで調べてみると、3.25GBまでしか認識されていません。どうもこれは、ウィンドウズの限界のようで、グラフィクスやらシステム関連のなにやらにメモリを食われて、4GB全部を使うことはできないようなのです。

さらに調べてゆくと、ウィンドウズというのは、デフォルトでは、ユーザとシステムに仮想メモリ領域を2GBづつ割り付ける、つまり、普通は実装4GBから3GB程度まで目減りしたメモリのうちの、たった2GBしかアプリケーション用に割り当てられないというこのなのです。え~、そんなバカな。これじゃあ、詐欺みたいな話です。しかし、なんのこれしき。さらに調べてみると、これを回避する方法がないわけではなくて、boot.iniを編集して、/3GBスイッチを入れておけば、ユーザ3GB、システム1GBの比で、メモリを割り付けることが出来るんだそうです。結局、私は、/3GBスイッチに加えて、/userva=2900を指定して、メモリ領域の比を2.9:1.1としました。

でもねえ、なんだか変なんですよねえ。計算が走っているときに、タスクマネジャでじっくり観察していると、物理メモリ3405920KBに対して、使用可能メモリが2835000KB、これではほとんど全部あまっています。実際に使われているのは、数百MBくらいでしょうか。でも、コミットチャージを見ると、しっかり7GBを越えています。それもそのはず、ページファイル(PF、仮想メモリ)が7.02GBも使われているんです。まあ、そもそも、PFをこれくらい大きくとらないと、ジョブが走らないのですが。なんで、こうなるんだろう?

写真は、トミーのコンサートのあった、JounalTyneTheater の桟敷席を見上げたところ。

29/06/2008

コンピュテーショナル・ケミストリ

Filed under: 日々のこと, がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 06:32 pm

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突然また、おかしな話で恐縮ですが、私は、ずいぶん長いあいだ、有機合成化学というものを職業にしてきました。いや、職業は会社員で、有機合成化学というのは専門分野というべきでしょうか。うーん、自分としては、化学が職業という感覚なのです。これは、会社と専門と、どちらへの帰属意識が重いかという問題ですね。まあ、それはさておき、有機合成化学者というのは、要するに、いろいろな薬品をフラスコの中で混ぜ合わせて、新しい物質を合成するのを生業としている人のことです。実験室で白衣を着て試験管を振っている。ああいうイメージですね。

何を合成するかというと、それは、所属する組織の都合で決まります。大学を出てすぐのころは、ペンキや接着剤への添加物なんかを作っていました。イギリスの会社に移ってからは、医薬品ないしはその原料です。合成屋にとっては、作る対象などというのは、所詮はどうでも良いのであって、まあ、よっぽど臭いとか、猛毒だとか、爆発して危険だというようなものでもない限り、けっこう機嫌よく作れるものです。

私は、これが自分の天職のように思っていたのですが、長く仕事をしていると、少しずつ立場というものが変わってくるもので、10年くらい前からは、自分で実験台に向かう事はほとんどなくなり、若い皆さんにお願いして、仕事をしていただくようになってきました。そうなると、私の仕事は、何を、どう作るのかを決めることです。薬(というよりは、新薬候補なんですが)を作っているわけですから、病気に効くものを作らなきゃあいけません。だから、どういういうものが良く効くのかを考えなくてはいけない。もちろん、薬といったって、万病に効く薬とか、馬鹿につける薬を開発しているわけではありませんので、はっきりとした疾病ターゲットがあります。それも、ただ、ガンだとか、高血圧だとかいった狙い方ではなくて、ガンであれば、正常細胞がガン化したり、ガンが増殖したりするメカニズムを良く調べた上で、そのメカニズムの流れの一点を、薬という異物でピンポイントに狙ってゆきます。そういうわけですから、ぼんやり考えていたって、良い考えの浮かぶわけもなく、いろいろ工夫をしなければなりません。

どういう工夫かというと、コンピュータを使って、薬と人間の身体の相互作用をシミュレーションするのです。人間の身体といったって、今の科学のレベルとコンピュータの処理能力では、人間全体をコンピュータの中にモデルとして構築するなどということは、もちろん出来ません。では、胃とか、肝臓とか、臓器一つくらいなら出来るかというと、これも出来ません。実際のところ、細胞一つの挙動のシミュレーションだって、現状では、夢のまた夢です。では、何ができるのかというと、酵素とか、各種の受容体とか、要するに、分子量数万くらいまでの、タンパク質一つくらいなら、いろいろと問題はあるにせよ、何とか現実的な3次元モデルを組み立てることが出来ます。というわけで、最近の私は、日がな一日、創薬ターゲットのたんぱく質のモデルに、いろいろな物質、つまり新薬候補をはめ込んでみては、うまくはまるの、はまらないのと、思案を繰り返しています。現実の実験室からは、ほぼ完全に離れてしまって、バーチャル・リアリティーの中に、一人生きているわけです。私は、自分でもなんだかよくわからないうちに、コンピュテーショナル・ケミスト(計算機化学者)というものになってしまったようなのです。

そのたんぱく質のモデルの世界というのは、たとえば、(この例は、もちろん、会社の仕事ではなくて、パブリック・ドメインからとってきたものですが)図のようなものです。ぐにゃぐにゃしたスポンジのようなものがHIVプロテアーゼという酵素で、緑で描かれているのが薬の分子です。エイズのウイルスが人間の免疫細胞に感染して増殖するには、この酵素の働きが必須です。そういうわけで、この酵素の働きを止める作用のある物質は、エイズの薬になるのです。こういうモデルを作っては、タテヨコナナメに動かしてみたり、相互作用のエネルギーを計算してみたり、ああでもない、こうでもないと弱い頭をひねっては、何かのはずみで良いアイデアの浮かぶことに、一縷の望みを託すのであります。

ところで、酵素(たんぱく質)はどうして、こんなにぐにゃぐにゃした、おかしな形をしているのだろうと思った方は、いらっしゃるでしょうか。学校で習った、元素記号を線でつないだ分子の表記とぜんぜん違うと。じつは、分子の形とか、大きさをグラフィックに表現するのは、けっこうややこしいことなんです。次は、そのあたりのことを書いてみようかなあ、と思いますが、さて、そんな根気があるかどうか。

21/01/2008

続・生き物とは

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 08:53 pm

えーと、まずは、前回の宿題から。

水溜りに氷が張るときには、エントロピーが自発的に減少しているのではないか、ということを書きました。もしそうなら、これは、熱力学の基本原理に反する超自然現象だ、ということになりますが、もちろん、そんなことはありません。水溜りの水分子の持っていた乱雑さは、氷ができるときに、冷たい空気が熱として持って行ってしまっただけです。そのぶん、空気は少し乱雑に、つまり、暖かくなりました。ですから、宇宙全体のエントロピーは、私の家の前の水溜りに氷が張ったからといって、けっして減少したわけではないのです。そういうわけで、エントロピーは常に増大する、という法則には、「宇宙全体の(閉鎖系の)エントロピーは・・・」という風に、ただし書きをつけなければいけません。とはいえ、われわれの住む宇宙が本当に閉鎖系であるかどうかを確かめた人はいないのですから、この世のエントロピーが減少しても、あの世のエントロピーが、それを上回って増加していれば、全体としては、熱力学的整合性は保たれているのかもしれません。

さて、こうのように、自然の秩序は常に崩壊する方向に進むのが熱力学の基本法則だと考えて、いま一度、身の回りを見渡してみると、たしかに、法則のいうとおりに、世の中には、ほうっておけば、いずれ形がなくなり崩れていってしまうものと、その反対に、常に自分自身の形や機能を、秩序だった組織として自発的に維持してゆくことのできるものの二種類が存在することに気がつくと思います。言うまでもなく、前者は無生物です。そして、一見してエントロピー増大の法則を無視しているように見える後者、それが生物だと思うのです。

いま、「一見してエントロピー増大の法則を無視しているように見える」と書きましたが、それはこういう意味です。たとえば、生まれたときは、手のひらに乗るほど小さかった子犬も、見る間に大きくなって、一緒に散歩に出た飼い主を引きずりまわるようになりますし、小さなどんぐりも、いずれは大木に育ちます。確かに生物は、超自然的な力で無から秩序を生み出しているように見えます。しかし、生物の中で起こっているプロセスは、本質的には化学反応なのであって、そこには生物、無生物を分ける壁はありません。生化学的プロセスだからといって、熱力学の法則から逃れることはできないのです。ここで言う生化学的プロセスとは、要するに、食物を摂取し、その食物を自分自身の組織やエネルギーに変換して生命活動を行い、残りかすを排泄することです。その過程で、生物は自己の体内を低エントロピー状態に維持し、それに見合う分以上の大きなエントロピーを体外に放出しているはずです。つまり、生物は、一種のエントロピー・ポンプとして機能しているのです。

生命活動のエントロピー収支を、実験的に測定することは、非常に難しいことだと思います。しかし、たいへん大雑把ではありますが、生命がエントロピー・ポンプとして働くことを理解するには、次の反応を考えればよいでしょう。

C6H12O6 + 6O2 → 6CO2 + 6H2O

これは、グルコースが酸化されて、二酸化炭素と水になる反応、つまり、糖の代謝です。呼吸と言ってもよいと思います。詳細を決死の覚悟で大胆に省略すれば、動物は、グルコース(炭水化物の基本構成要素)を食べ、それを呼吸で取り込んだ酸素で燃やしてエネルギーとし、二酸化炭素と水を排泄して生きているといえます。ここで、注目していただきたいのは、左辺と右辺の分子の数です。摂取するのは、グルコース一つと酸素六つの、計7分子です。そして、排泄するのは、二酸化炭素が六つと水が六つで、12分子。このプロセス全体として、分子の数が5つ増えていることになります。エントロピーというのは、乱雑さの尺度ですから、乱雑さを構成する要素の数(この場合、分子の数)が多ければ多いほど、エントロピーは増加します。このことは、引っ越してきたばかりの部屋を散らかそうとしても、荷解き前の段ボール箱がいくつかあるばかりで、散らかしようがありませんが、いったん荷解きを始めて、箱の中身を外へ出すと、つまり、分子の数(部屋の中の物の数)が増えると、とたんに部屋中ぐしゃぐしゃになってしまうのと似ています。物が多い、分子が多いというのは、基本的にエントロピーの大きな状態なのです。このように、呼吸というのは、グルコースの分子の中に蓄えられていたエネルギーと秩序を、巧妙なメカニズムで体内に取り込むプロセスと見ることが出来るわけです。

最後に、生物の、分裂し、子を産み、増えるという性質を付け加えてやると、ようやく、「生き物とは、自己複製するエントロピー・ポンプである」と言う定義が完成します。やれやれ・・・お疲れ様でした。しかし、よく考えてみると、実際に自己複製しているのは、遺伝子なのであって、ゲノムの表現形としての個体ではありません。基本的に、個体の命は一度限りです。では、遺伝子こそが生命なのかと言うと、答えはもちろん、否です。遺伝子の物質的本体であるDNA自体は、単なる有機高分子です。高度に複雑な細胞という生化学工場の中に入って、初めて、それは遺伝情報として機能します。このあたりの事情は、ウィンドウズのインスタレーションディスクが、単なるOS、ソフトウェアであって、それ自体がコンピュータではないのと、少し似ています。と言うわけで、「生物と無生物のあいだ」のはなしは、ますます、混沌の度合いを深めてゆくのです。

この続きは、おそらく・・・・ないでしょう。

17/01/2008

生き物とは

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 10:15 pm

あ次郎さんのブログで、福岡伸一著「生物と無生物のあいだ」という本が紹介されています。私も、ごく最近、この本を面白く読んだところで、実はこれをネタに、色々と寝言を書いてみようと思っていたところでした。とりあげたい話題は色々あるのですが、とりあえず、まず、生き物とは何か、ということについて考えてみたいと思います。

生き物とは何か、という問いは、日常的には、あまりにも自明なことですから、あらためて尋ねられると、返答に困ります。困ったあげくに、私がこの問題に、「生き物とは、自己複製するエントロピー・ポンプである」という、比較的簡潔な答えをでっち上げたのは、いったいいつごろのことだったのか。それどころか、この答え自体が、そもそも、自分で思いついたものやら、どこかで読んだ、人の受け売りなのか。それすらよく思い出せません。いずれにせよ、色々な人が色々なところで、似たり寄ったりなことを言っていますので、自分のプライオリティーを主張する気などは、毛頭ありません。

定義にエントロピーが出てきたので、まずエントロピーの話から、はじめなければなりません。エントロピーというのは、ご存知のように、乱雑さをあらわす物理量です。今、コップの中の水に、赤インクを一滴、落としたとします。インクがコップの水に落ちた瞬間は、無色透明な水の中に、まさに紅一点、赤いインクの小液塊がポツリと存在するわけで、これは、コップの中でインクの色素と水の分子が、お互いに交じり合わずに住み分けた、秩序の高い状態です。しかし、特にわざわざかき混ぜたりしなくても、ほうっておけば、すぐにインクはコップ全体に広がって、透明だった水は、均一な赤い水溶液になってしまいます。この状態では、色素と水の分子は、まったくデタラメに混ざり合っているわけですから、以前の紅一点の状態よりは、秩序が乱れている。つまり、エントロピー=乱雑さの程度が増大した状態である、ということができます。

ところで、この赤い水溶液は、どんなに長い間観察していても、もとの紅一点状態に自発的に戻ってゆくことは、けっしてありません。これは、なぜでしょうか。原理的には、この赤い溶液中のすべての色素と水分子の動きが、ある時いっせいに逆向きになれば、ビデオを逆回ししたように、来た道をたどってもとの状態に戻るはずです。また、その動きの逆向きになった分子一つ一つを、(架空の)超高性能顕微鏡を使い、ストップモーションでどんなに詳細に観察しても、物理的に不都合な点は何もないはずです。ただ、進行方向が180度反対になっているだけなのですから、当たり前です。そのような動きを禁止する物理法則は何もない。それなのに、こういうミクロな部分部分に成立している、微視的な可逆性が、マクロな全体に対しては成立せず、いったん混ざったインクと水が決して自発的に分離することがないというのは、考えてみれば非常に不思議なことです。ここでは、これ以上、詳細には立ち入りませんが、われわれの住む宇宙には、このように、乱雑さ、つまりエントロピーは常に増大するという熱力学の基本原理が存在するのです。

余談ではありますが、上の熱力学の法則を過大解釈して、エントロピーはどんな時にも決して自発的に減少することはない、と思っている人がいますが、そんなことはありません。たとえば、冬の寒い朝、道の水溜りに氷が張ります。水溜りの水が、乱雑な液体の状態から、秩序の高い結晶構造の氷に変化したのです。ここでは、明らかにエントロピーが減少しているではないですか。これは、どう考えたらよいのでしょうか。

子供向けの科学読み物のようなものを書き初めてしましたが、前置きが長くて、生き物の話への道のりは遠いようです。まあ、誰もこんなくどい話、読んでくださらないとは思いますけど、続きはまた近いうちに。

22/10/2007

シリーズ・日本の創薬ベンチャーを考える(その6)

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 07:46 pm

スピーデルの起業の最大のドライビングフォースは、アリス・ハックレイのSPP100(アリスキレン)に対する執念であったことは疑いの余地がありません。では、ファイザー日本法人スピンアウトの場合はどうでしょう。スピンアウトを設立しようという人たちの守りたかったものは何なのか。それは、自分たちの雇用なのか、それとも、無念にもパイプラインからこぼれ落ちてゆく運命にあった有望候補化合物なのか。雇用の確保が主な理由であっても、別に悪いことはありません。こんな方だっていらっしゃるでしょう。たとえば、研究所の近くに家も建てた。定年まで後十年だ。ここで失職してなるものか。うん、これはよくわかります。それはそれで、立派な起業の動機だけれども、では具体的にどんなビジネスモデルを画くのか。ビジネスモデルに説得力のある限り、投資家にとって起業家の個人的な思惑などどうでもよいことです。

というわけで、ここからが肝心のビジネスモデルのアナリシスになるわけですが、残念ながら私には荷が重く、かなり息切れしてきましたので、「シリーズ・日本の創薬ベンチャーを考える」は、ひとまずここでお休みです。個人的には、スピンアウトはファイザーとは一定の距離をおいた方が良いのではないか。また、ケミストリーの機能を持たない日本のバイオベンチャーとのコラボレーションなども視野に入れていってくれればよいのになあ、と思っています。日本の会社にとって、地理・言語・文化的に距離の遠い海外の創薬CROとお付き合いするのは、やはり、けっこう骨の折れることですから。

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