Kayatsuri Blog

29/06/2008

コンピュテーショナル・ケミストリ

Filed under: 日々のこと, がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 06:32 pm

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突然また、おかしな話で恐縮ですが、私は、ずいぶん長いあいだ、有機合成化学というものを職業にしてきました。いや、職業は会社員で、有機合成化学というのは専門分野というべきでしょうか。うーん、自分としては、化学が職業という感覚なのです。これは、会社と専門と、どちらへの帰属意識が重いかという問題ですね。まあ、それはさておき、有機合成化学者というのは、要するに、いろいろな薬品をフラスコの中で混ぜ合わせて、新しい物質を合成するのを生業としている人のことです。実験室で白衣を着て試験管を振っている。ああいうイメージですね。

何を合成するかというと、それは、所属する組織の都合で決まります。大学を出てすぐのころは、ペンキや接着剤への添加物なんかを作っていました。イギリスの会社に移ってからは、医薬品ないしはその原料です。合成屋にとっては、作る対象などというのは、所詮はどうでも良いのであって、まあ、よっぽど臭いとか、猛毒だとか、爆発して危険だというようなものでもない限り、けっこう機嫌よく作れるものです。

私は、これが自分の天職のように思っていたのですが、長く仕事をしていると、少しずつ立場というものが変わってくるもので、10年くらい前からは、自分で実験台に向かう事はほとんどなくなり、若い皆さんにお願いして、仕事をしていただくようになってきました。そうなると、私の仕事は、何を、どう作るのかを決めることです。薬(というよりは、新薬候補なんですが)を作っているわけですから、病気に効くものを作らなきゃあいけません。だから、どういういうものが良く効くのかを考えなくてはいけない。もちろん、薬といったって、万病に効く薬とか、馬鹿につける薬を開発しているわけではありませんので、はっきりとした疾病ターゲットがあります。それも、ただ、ガンだとか、高血圧だとかいった狙い方ではなくて、ガンであれば、正常細胞がガン化したり、ガンが増殖したりするメカニズムを良く調べた上で、そのメカニズムの流れの一点を、薬という異物でピンポイントに狙ってゆきます。そういうわけですから、ぼんやり考えていたって、良い考えの浮かぶわけもなく、いろいろ工夫をしなければなりません。

どういう工夫かというと、コンピュータを使って、薬と人間の身体の相互作用をシミュレーションするのです。人間の身体といったって、今の科学のレベルとコンピュータの処理能力では、人間全体をコンピュータの中にモデルとして構築するなどということは、もちろん出来ません。では、胃とか、肝臓とか、臓器一つくらいなら出来るかというと、これも出来ません。実際のところ、細胞一つの挙動のシミュレーションだって、現状では、夢のまた夢です。では、何ができるのかというと、酵素とか、各種の受容体とか、要するに、分子量数万くらいまでの、タンパク質一つくらいなら、いろいろと問題はあるにせよ、何とか現実的な3次元モデルを組み立てることが出来ます。というわけで、最近の私は、日がな一日、創薬ターゲットのたんぱく質のモデルに、いろいろな物質、つまり新薬候補をはめ込んでみては、うまくはまるの、はまらないのと、思案を繰り返しています。現実の実験室からは、ほぼ完全に離れてしまって、バーチャル・リアリティーの中に、一人生きているわけです。私は、自分でもなんだかよくわからないうちに、コンピュテーショナル・ケミスト(計算機化学者)というものになってしまったようなのです。

そのたんぱく質のモデルの世界というのは、たとえば、(この例は、もちろん、会社の仕事ではなくて、パブリック・ドメインからとってきたものですが)図のようなものです。ぐにゃぐにゃしたスポンジのようなものがHIVプロテアーゼという酵素で、緑で描かれているのが薬の分子です。エイズのウイルスが人間の免疫細胞に感染して増殖するには、この酵素の働きが必須です。そういうわけで、この酵素の働きを止める作用のある物質は、エイズの薬になるのです。こういうモデルを作っては、タテヨコナナメに動かしてみたり、相互作用のエネルギーを計算してみたり、ああでもない、こうでもないと弱い頭をひねっては、何かのはずみで良いアイデアの浮かぶことに、一縷の望みを託すのであります。

ところで、酵素(たんぱく質)はどうして、こんなにぐにゃぐにゃした、おかしな形をしているのだろうと思った方は、いらっしゃるでしょうか。学校で習った、元素記号を線でつないだ分子の表記とぜんぜん違うと。じつは、分子の形とか、大きさをグラフィックに表現するのは、けっこうややこしいことなんです。次は、そのあたりのことを書いてみようかなあ、と思いますが、さて、そんな根気があるかどうか。

21/01/2008

続・生き物とは

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 08:53 pm

えーと、まずは、前回の宿題から。

水溜りに氷が張るときには、エントロピーが自発的に減少しているのではないか、ということを書きました。もしそうなら、これは、熱力学の基本原理に反する超自然現象だ、ということになりますが、もちろん、そんなことはありません。水溜りの水分子の持っていた乱雑さは、氷ができるときに、冷たい空気が熱として持って行ってしまっただけです。そのぶん、空気は少し乱雑に、つまり、暖かくなりました。ですから、宇宙全体のエントロピーは、私の家の前の水溜りに氷が張ったからといって、けっして減少したわけではないのです。そういうわけで、エントロピーは常に増大する、という法則には、「宇宙全体の(閉鎖系の)エントロピーは・・・」という風に、ただし書きをつけなければいけません。とはいえ、われわれの住む宇宙が本当に閉鎖系であるかどうかを確かめた人はいないのですから、この世のエントロピーが減少しても、あの世のエントロピーが、それを上回って増加していれば、全体としては、熱力学的整合性は保たれているのかもしれません。

さて、こうのように、自然の秩序は常に崩壊する方向に進むのが熱力学の基本法則だと考えて、いま一度、身の回りを見渡してみると、たしかに、法則のいうとおりに、世の中には、ほうっておけば、いずれ形がなくなり崩れていってしまうものと、その反対に、常に自分自身の形や機能を、秩序だった組織として自発的に維持してゆくことのできるものの二種類が存在することに気がつくと思います。言うまでもなく、前者は無生物です。そして、一見してエントロピー増大の法則を無視しているように見える後者、それが生物だと思うのです。

いま、「一見してエントロピー増大の法則を無視しているように見える」と書きましたが、それはこういう意味です。たとえば、生まれたときは、手のひらに乗るほど小さかった子犬も、見る間に大きくなって、一緒に散歩に出た飼い主を引きずりまわるようになりますし、小さなどんぐりも、いずれは大木に育ちます。確かに生物は、超自然的な力で無から秩序を生み出しているように見えます。しかし、生物の中で起こっているプロセスは、本質的には化学反応なのであって、そこには生物、無生物を分ける壁はありません。生化学的プロセスだからといって、熱力学の法則から逃れることはできないのです。ここで言う生化学的プロセスとは、要するに、食物を摂取し、その食物を自分自身の組織やエネルギーに変換して生命活動を行い、残りかすを排泄することです。その過程で、生物は自己の体内を低エントロピー状態に維持し、それに見合う分以上の大きなエントロピーを体外に放出しているはずです。つまり、生物は、一種のエントロピー・ポンプとして機能しているのです。

生命活動のエントロピー収支を、実験的に測定することは、非常に難しいことだと思います。しかし、たいへん大雑把ではありますが、生命がエントロピー・ポンプとして働くことを理解するには、次の反応を考えればよいでしょう。

C6H12O6 + 6O2 → 6CO2 + 6H2O

これは、グルコースが酸化されて、二酸化炭素と水になる反応、つまり、糖の代謝です。呼吸と言ってもよいと思います。詳細を決死の覚悟で大胆に省略すれば、動物は、グルコース(炭水化物の基本構成要素)を食べ、それを呼吸で取り込んだ酸素で燃やしてエネルギーとし、二酸化炭素と水を排泄して生きているといえます。ここで、注目していただきたいのは、左辺と右辺の分子の数です。摂取するのは、グルコース一つと酸素六つの、計7分子です。そして、排泄するのは、二酸化炭素が六つと水が六つで、12分子。このプロセス全体として、分子の数が5つ増えていることになります。エントロピーというのは、乱雑さの尺度ですから、乱雑さを構成する要素の数(この場合、分子の数)が多ければ多いほど、エントロピーは増加します。このことは、引っ越してきたばかりの部屋を散らかそうとしても、荷解き前の段ボール箱がいくつかあるばかりで、散らかしようがありませんが、いったん荷解きを始めて、箱の中身を外へ出すと、つまり、分子の数(部屋の中の物の数)が増えると、とたんに部屋中ぐしゃぐしゃになってしまうのと似ています。物が多い、分子が多いというのは、基本的にエントロピーの大きな状態なのです。このように、呼吸というのは、グルコースの分子の中に蓄えられていたエネルギーと秩序を、巧妙なメカニズムで体内に取り込むプロセスと見ることが出来るわけです。

最後に、生物の、分裂し、子を産み、増えるという性質を付け加えてやると、ようやく、「生き物とは、自己複製するエントロピー・ポンプである」と言う定義が完成します。やれやれ・・・お疲れ様でした。しかし、よく考えてみると、実際に自己複製しているのは、遺伝子なのであって、ゲノムの表現形としての個体ではありません。基本的に、個体の命は一度限りです。では、遺伝子こそが生命なのかと言うと、答えはもちろん、否です。遺伝子の物質的本体であるDNA自体は、単なる有機高分子です。高度に複雑な細胞という生化学工場の中に入って、初めて、それは遺伝情報として機能します。このあたりの事情は、ウィンドウズのインスタレーションディスクが、単なるOS、ソフトウェアであって、それ自体がコンピュータではないのと、少し似ています。と言うわけで、「生物と無生物のあいだ」のはなしは、ますます、混沌の度合いを深めてゆくのです。

この続きは、おそらく・・・・ないでしょう。

17/01/2008

生き物とは

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 10:15 pm

あ次郎さんのブログで、福岡伸一著「生物と無生物のあいだ」という本が紹介されています。私も、ごく最近、この本を面白く読んだところで、実はこれをネタに、色々と寝言を書いてみようと思っていたところでした。とりあげたい話題は色々あるのですが、とりあえず、まず、生き物とは何か、ということについて考えてみたいと思います。

生き物とは何か、という問いは、日常的には、あまりにも自明なことですから、あらためて尋ねられると、返答に困ります。困ったあげくに、私がこの問題に、「生き物とは、自己複製するエントロピー・ポンプである」という、比較的簡潔な答えをでっち上げたのは、いったいいつごろのことだったのか。それどころか、この答え自体が、そもそも、自分で思いついたものやら、どこかで読んだ、人の受け売りなのか。それすらよく思い出せません。いずれにせよ、色々な人が色々なところで、似たり寄ったりなことを言っていますので、自分のプライオリティーを主張する気などは、毛頭ありません。

定義にエントロピーが出てきたので、まずエントロピーの話から、はじめなければなりません。エントロピーというのは、ご存知のように、乱雑さをあらわす物理量です。今、コップの中の水に、赤インクを一滴、落としたとします。インクがコップの水に落ちた瞬間は、無色透明な水の中に、まさに紅一点、赤いインクの小液塊がポツリと存在するわけで、これは、コップの中でインクの色素と水の分子が、お互いに交じり合わずに住み分けた、秩序の高い状態です。しかし、特にわざわざかき混ぜたりしなくても、ほうっておけば、すぐにインクはコップ全体に広がって、透明だった水は、均一な赤い水溶液になってしまいます。この状態では、色素と水の分子は、まったくデタラメに混ざり合っているわけですから、以前の紅一点の状態よりは、秩序が乱れている。つまり、エントロピー=乱雑さの程度が増大した状態である、ということができます。

ところで、この赤い水溶液は、どんなに長い間観察していても、もとの紅一点状態に自発的に戻ってゆくことは、けっしてありません。これは、なぜでしょうか。原理的には、この赤い溶液中のすべての色素と水分子の動きが、ある時いっせいに逆向きになれば、ビデオを逆回ししたように、来た道をたどってもとの状態に戻るはずです。また、その動きの逆向きになった分子一つ一つを、(架空の)超高性能顕微鏡を使い、ストップモーションでどんなに詳細に観察しても、物理的に不都合な点は何もないはずです。ただ、進行方向が180度反対になっているだけなのですから、当たり前です。そのような動きを禁止する物理法則は何もない。それなのに、こういうミクロな部分部分に成立している、微視的な可逆性が、マクロな全体に対しては成立せず、いったん混ざったインクと水が決して自発的に分離することがないというのは、考えてみれば非常に不思議なことです。ここでは、これ以上、詳細には立ち入りませんが、われわれの住む宇宙には、このように、乱雑さ、つまりエントロピーは常に増大するという熱力学の基本原理が存在するのです。

余談ではありますが、上の熱力学の法則を過大解釈して、エントロピーはどんな時にも決して自発的に減少することはない、と思っている人がいますが、そんなことはありません。たとえば、冬の寒い朝、道の水溜りに氷が張ります。水溜りの水が、乱雑な液体の状態から、秩序の高い結晶構造の氷に変化したのです。ここでは、明らかにエントロピーが減少しているではないですか。これは、どう考えたらよいのでしょうか。

子供向けの科学読み物のようなものを書き初めてしましたが、前置きが長くて、生き物の話への道のりは遠いようです。まあ、誰もこんなくどい話、読んでくださらないとは思いますけど、続きはまた近いうちに。

22/10/2007

シリーズ・日本の創薬ベンチャーを考える(その6)

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 07:46 pm

スピーデルの起業の最大のドライビングフォースは、アリス・ハックレイのSPP100(アリスキレン)に対する執念であったことは疑いの余地がありません。では、ファイザー日本法人スピンアウトの場合はどうでしょう。スピンアウトを設立しようという人たちの守りたかったものは何なのか。それは、自分たちの雇用なのか、それとも、無念にもパイプラインからこぼれ落ちてゆく運命にあった有望候補化合物なのか。雇用の確保が主な理由であっても、別に悪いことはありません。こんな方だっていらっしゃるでしょう。たとえば、研究所の近くに家も建てた。定年まで後十年だ。ここで失職してなるものか。うん、これはよくわかります。それはそれで、立派な起業の動機だけれども、では具体的にどんなビジネスモデルを画くのか。ビジネスモデルに説得力のある限り、投資家にとって起業家の個人的な思惑などどうでもよいことです。

というわけで、ここからが肝心のビジネスモデルのアナリシスになるわけですが、残念ながら私には荷が重く、かなり息切れしてきましたので、「シリーズ・日本の創薬ベンチャーを考える」は、ひとまずここでお休みです。個人的には、スピンアウトはファイザーとは一定の距離をおいた方が良いのではないか。また、ケミストリーの機能を持たない日本のバイオベンチャーとのコラボレーションなども視野に入れていってくれればよいのになあ、と思っています。日本の会社にとって、地理・言語・文化的に距離の遠い海外の創薬CROとお付き合いするのは、やはり、けっこう骨の折れることですから。

15/10/2007

シリーズ・日本の創薬ベンチャーを考える(その5)

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 08:18 pm

ここまで読んでこられた方なら容易に想像がつくと思いますが、その企画書の内容というのは、次のようなものでした。(あくまで周辺情報からの推測ですが)

1.ノバーティスはアリスキレンの開発権をR&Dベンチャーに譲渡(ライセンスアウト)する
2.ベンチャーは十分に採算のとれるようなアリスキレンの工業的製造法を開発し、第2相までの臨床試験を行い、POC(プルーフ・オブ・コンセプト、具体的なターゲット疾病に対する薬の効果のこと)を確立する
3. この時点でノバーティスは、優先的なコールバックの権利(アリスキレンの開発権を買い戻す権利)を有する

もちろん、開発がうまく行くとは限りません。また、うまく行ったとしても、何かの理由でノバーティスがコールバックの権利を行使しない場合は、どこか別の製薬会社へのライセンスを検討しなければなりません。別のライセンス先が見つからなければ・・・ベンチャーは多額の借金を抱えて倒産の憂き目を見ることになります。さて、その役員会で役員の一人が「で、そのR&Dベンチャーというのはどこの会社のなのかね?」と、アリスに尋ねたかどうかは知りませんが、もし尋ねたのだとしたら、アリスはこう答えたはずです。「その会社は、これから、私がノバーティスを退職して、設立するのです・・・・」 スピーデルという創薬ベンチャーは、ただひとつ、アリスキレンという薬を世に出すためにのみ生まれてきた、ほんのわずかの中枢機能以外のすべてを外部委託でまかなう、バーチャル・カンパニーであったのです。

その後の詳細をはしょって結論だけを書けば、スピーデルは見事アリスキレンの開発に成功し、コールバック・オプションを行使したノバーティスは開発を継続して、昨年ついにアメリカと欧州の当局から新薬承認をとりつけるに至りました。世界初の経口レニン阻害薬の誕生です。スピーデル自体も、循環器系を中心にいくつものパイプラインを抱える立派な中堅ベンチャーに成長しました。このスピーデル設立のいきさつを思い出すたびに、創薬ベンチャーをはじめる人というのは、大航海時代の幕開けのころ、地球は丸いという(当時の)仮説を信じて大西洋にのりだしていったコロンブスのようだなあ、と思います。違うところといえば、大西洋を西へ西へと進んでも、海の水が轟音とともに無限の深遠へと流れ落ちているような巨大な滝に出会うことはありませんが、新薬の開発の場合には、そういう途方もない滝が結構あちらこちらに見られるということでしょう。私も会社でデスクに向かっていると、なんとなく遠くの方から地響きのような滝の音が聞こえるような気がすることがあります。果たして、わが社は黄金の国、ジパングへたどりつけるのか?

ところで、ファイザーの話はどうなったのかな?

続く

12/10/2007

シリーズ・日本の創薬ベンチャーを考える(その4)

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 07:33 pm

今回のファイザーのリストラで閉鎖になったのは日本の研究所だけではないのですけれど、職を失った研究員たちの再就職のチャンスについては、すでに書いたように、日本と欧米では雲泥の差があります。このあたりにEBOによるベンチャーの設立という道が選択された理由があるのでしょう。また、ファイザー本社としても、日本の雇用の特殊性を考えれば、道義的にスピンアウトを積極的に支援せざるを得なかったものと思います。しかし、ファイザー本社のトップマネジメントを納得させるのは、大変な骨折りだったことと想像されます。結局、380名の転進先の内訳は、ファイザー内の他部署に吸収(90名)、転職(210名)、スピンアウトに参加(80名)と報道されました。

このスピンアウトの話を聞いて、私が一番最初に思い出したのはスピーデルという会社のことでした。スピーデルを創立し、現在もCEOとしてそのビジネスを引っ張っているのは、アリス・ハックスレイ。アリスのスピーデル設立のいきさつは、こうです。チバ・ガイギーのバイオテクノロジー部門に研究員として職を得たアリスは、その後めきめきめきと頭角を現し、チバ・ガイギーとサンドが合併しての現在のノバーティス・ファーマとなった時には、グローバル・プロジェクト・マネジャーとして、癌・循環器系薬の臨床開発のマネジメントを担当していました。製薬会社同士の合併の際には、お互いのパイプライン(開発候補化合物)の統合・整理が行われ、当然のことながら、開発候補から外れる化合物も出てきます。チバ・ガイギーとサンドの合併に際して、パイプラインからこぼれ落ちた化合物の中にSPP100(アリスキレン)がありました。アリスキレンの化学構造が複雑すぎて、工業規模の合成に費用がかかりすぎる点、また、当時、レニン阻害剤の薬効のはっきりとした証明がなかった点が、開発候補から外れた理由となったのです。アリスキレンは、レニンという酵素を阻害して血圧を下げる働きをします。アリスキレンに大きな期待をかけていたアリスは、この決定に大いに憤慨して、ノバーティスの役員会に一通の企画書を提出します。その企画書の内容というのは・・・・

続く

09/10/2007

シリーズ・日本の創薬ベンチャーを考える(その3)

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 07:46 pm

ファイザー中央研究所の閉鎖は、実は世界中の事業拠点を巻き込んだ1万人規模にのぼる人員削減プランの一環です。ファイザーがこんな大胆なリストラ策を打ち出した背景には、主に二つの要因があります。ひとつは、2010年に迫った主力商品の高脂血症薬リピトールの特許切れです。ご存知の方も多いと思いますが、欧米では特許切れと同時にほとんどの新薬が安価な後発ジェネリックに置きかえられてしまいします。リピトールはファイザーの売り上げの20%近くを稼ぎ出していると言われていますので、その損失を補完するのは容易ではありません。しかし、世界最大の製薬企業がこのような状態にただ手をこまねいているはずもなく、リピトールを超える超大型新薬との期待のかかるコレステロール降下薬トルセトラピブの臨床試験は、最終段階の第三相を迎えて、当局による承認も目前。経営は安泰・・・・のはずだったのです。昨年の12月までは。

ところが、まさに晴天の霹靂。12月2日、ファイザーはこの8億ドルもの研究開発費をつぎ込んだトルセトラピブの開発中止を発表しました。15000人規模の臨床試験の結果、脳卒中や心臓発作などを防止するはずのトルセトラピブが、あろうことか、その服用によって逆に死亡や心血管障害のリスクが増大させることがわかったためです。トルセトラピブは、CETPというたんぱく質の働きを阻害して、いわゆる善玉コレステロールを増やし、悪玉コレステロールを減少させます。実際に、臨床試験でも善玉コレステロールの増加は、はっきりと確認されていますので、トルセトラピブによる死亡率の上昇はまったく予期せぬ結果であり、現在でもその原因ははっきりしません。このあたりに、ほとんど無数とも思えるコントロール機構が複雑に作用しあって維持されている生き物の体の働きに、人間が浅薄な理解でデザインした薬物をもって干渉することの、本質的な危うさがあるといえます。だからと言って、薬を飲むな、薬を開発するな、と言う立場を、私はとりませんが、人間の体には、風が吹けば桶屋が儲かる式の不可思議があることを、よく肝に銘じておくべきだとは思います。

さて、話がやや横道にそれてしまいましたが、リピトールの特許切れ、トルセトラピブの開発失敗を踏まえて、ファイザーは大型リストラに踏み切ったわけです。

続く

08/10/2007

シリーズ・日本の創薬ベンチャーを考える(その2)

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 07:53 pm

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先日、私の勤務する会社の事業部のひとつが従業員・土地・建物ごと他社に売られてしまったことは書きました。全社員600名の約三分の一が対象になります。やれやれ、大変なことだと思っていたら、今度は逆にカリフォルニアの会社を買収したとのアナウンスがありました。というわけで、わが社はわずか2週間のうちに、事業部構成的にはまったく別の会社になってしまいました。欧米のバイオベンチャーは、言ってみれば、AVコンポのようなもので、さまざまな機能を持つユニット(あるいは個人)の寄せ集めです。カセットデッキやターンテーブルのような陳腐化したパーツは次々と切り捨てられ、まだまだ有用なユニットでさえ、新しい機能をもった新製品が出たといえば、容赦なくアップグレードされてしまいます。しかし、こういう大胆な経営ができるのも、切り捨てられた従業員がそれぞれの市場価値に応じて、別会社に再就職してゆけるだけの雇用の流動性が確保されているからこそです。だいたい、会社に切られる前に優秀な人は、実力に見合うだけの待遇が得られなければ、さっさと他社へ移って(ヘッドハントされて)いってしまいます。

ひるがえって、日本はどうかというと、終身雇用制の崩壊などと言っても、それはリストラによる解雇や肩たたきが日常茶飯事になってきたと言うだけのことであって、実質は旧態依然。本当に実力主義にのっとった流動的でダイナミックな労働市場が形成されたと言うには、ほど遠い状態です。そんな中で、今年の初め、ファイザー日本法人の名古屋中央研究所の閉鎖が発表されました。ファイザー中央研究所は総勢380名。これだけの数の研究員の首が一気に飛べば、リクルートエージェントには求職相談の案件が殺到し、日本のファーマ・バイオ関係の中途採用市場は大混乱を起こすのが当然の成り行きと言うものですが、それが不思議なほど静かだと言うのです。何かあるんだろうな、と思っていたら、案の定、先月の日経ネットにこんな記事が載りました。

「製薬世界最大手、米ファイザーの中央研究所(愛知県武豊町)が来年4月にも研究者らの出資による新薬開発のベンチャー企業として独立する。米本社が閉鎖を決めたことから、約80人の研究者が中心となって新会社を設立し、研究施設や新薬候補物質などの資産を譲り受ける。国内外の投資ファンドからも資金調達 する考え。日本では例が少ない従業員による企業買収(EBO)によって再出発する。新会社には研究者らが経営の主導権を握れる比率を出資する意向で、社長は現在研究所長の長久厚氏で調整中。ファンドから運転資金3年分にあたる100億円前後を調達する計画で、交渉を進めている。事業が軌道に乗った数年後の株式上場を視野に入れる」

続く

01/08/2007

日本の創薬ベンチャーを考える

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 10:44 pm

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うーん、ウサギも何を考えたか、いきなり重いです。とはいえ、日本にも大学発の創薬ベンチャーがニョキニョキと、梅雨時のキノコのように乱立するようになりました。ただ、残念ながらビジネスとして成立しそうなものは、皆無に等しいのではないでしょうか。ひところに言われたほど、抗体医薬の開発も容易くはなく、結局は古典的な小分子の開発に回帰せざるを得ないというのが現実です。

ユニークなターゲットを見つけた。ターゲットバリデーションもすんだ。なけなしの予算をつぎ込んで小規模のスクリーニングを行い、いくつかのヒット化合物も見つけた。さあ、これで薬ができるぞ、と思っているベンチャーがほとんどだったのではないでしょうか。ところが、どっこい。プライマリー・ヒットからリード、臨床候補までの道は遠いのです。創薬には、ケミストリーが必須であり、ケミストリーというのはとんでもない金食い虫だということが、ベンチャー創立の段階でなぜ理解されていなかったのか、まったく首をひねりたくなります。小さなバイオテクにとって、自前で設備投資をしてケミストリーを行うのは、まったく資金的に問題外ですから、当然CROを頼ることになります。H2LのできるCROなんて日本にはありません。円安のおり、海外でH2L、4FTE・1年、LOで6FTE・1.5年を行えば、安く見積もったって5億円くらいはかかるでしょう。成功率が7割としても、失敗率は3割。これに首を縦に振るベンチャー・キャピタルが日本にはあるでしょうか。

日本の大学発のターゲットには、ユニークで魅力的なものが少なくありません。これを何とかモノにしたかったら、資金はリスク・テイキングのカルチャーのある海外から取ってくるしかないでしょうね。研究拠点も海外にして・・・・。そうすると、人が日本から出て行ってしまいます。これを、頭脳流出というのでしょう。そういえば、ギタリストでも海外留学から帰ってこない例がけっこうありますね。でも、そういう人は、どうも女性に多いように思います。男というのは、一見勇気のあるようで、ほんとは基本的に小心者なんでしょうね。

相変わらずの、支離滅裂、失礼。

写真は、最近買った新車です。(うそ)

16/06/2007

イーグルは舞い降りた

Filed under: がん・創薬 — 蚊帳吊りウサギ @ 12:06 am

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私のサイトで最もアクセス数の多いページは、実はトップページではなくて「タキソールの話」という抗がん剤のことを書いたページなのです。タキソールというのはイチイの木からとれる細胞毒で、その高い抗がん活性と特異な構造が有機合成化学者の興味を呼んで、全合成一番乗りを目指した熾烈な競争が行われました。もう、20年近くも前のことです。私たちのグループが直接参加したわけではありませんけれど。

昨夜遅く、フラフラとネットを散歩 していたら、そのタキソールがチューブリン二量体と複合体を形成している様子が電子線解析を使って解明されているのを見つけました。模式的に描かれたタン パクの上に蚊のようにくっついている白いものがタキソールです。毎日、実験ノートに構造を描くのに骨の折れた、あの大きなタキソールが、チューブリンの上 ではなんと小さく見えることか。なんだか、すごく感動してしまって、じっと30分近くもその姿を眺めていました。まるで、イトカワに軟着陸したはやぶさの ようです。本当に、細胞の中には宇宙があるんだなあって思います。

ところで、タキソールの話以外の私のサイトの抗がん剤の話は、ちょっと内容的には古くなりました。もう、情報としてはほとんど参考にならないと思います。 改訂しなくては・・・・とは思っているのですが。

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