最近買った本
旭屋書店がロンドンから撤退して以来、イギリスには本格的に日本の本を在庫する本屋はなくなってしまいました。今ではコンビニの本・雑誌コーナー程度のものが、ロンドン三越、その他の雑貨店の中に残っているのみです。必然的に、和書は日本のアマゾンから買うことになり、一回の送料を節約するために、たいてい、数冊をまとめ買いします。
最近、量子力学関係、その他の本をいくつか買い込みました。
1 量子化学入門(下)、米澤貞次郎ほか、化学同人
2 量子力学の解釈問題、コリン・ブルース、和田純夫訳、講談社
3 シュレディンガーの猫がいっぱい、和田純夫
4 量子力学 観測と解釈問題、高林武彦、海鳴社
5 入門UNIXシェルプログラミング、ブルース・ブリン、山下哲典訳、ソフトバンク・クリエイティブ
その少し前に買った本・・・
6 高校数学でわかるシュレディンガー方程式、竹内淳、講談社
7 高校数学でわかるマクスウェル方程式、竹内淳、講談社
8 高校数学でわかるボルツマンの原理、竹内淳、講談社
9 忘れてしまった、高校の数学を復習する本、柳谷晃、中経出版
10 生命とは何か 物理的に見た生細胞、シュレーディンガー、岡小天ほか訳、岩波文庫
高校程度の数学をさらうだけで、何とか量子力学とその周辺分野(電磁気学、統計熱力学)を手っ取り早く復習したいという安易な考えがストレートに現れているのが、6-9。ところが、ついついいらぬところに気が散るのが私の悪い癖で、それは10を見ればわかります。最近買った1は福井謙一学派の手になる名著で、安易な「高校程度の・・」作戦が失敗に終わり、本格的に量子力学を復習せざるを得なくなったことを物語っています。それが面倒くさくて仕方ないものだから、思いっきり気が散っているのが良くわかるのが、2-4ですね。5は、まあ、必要に迫られてということです。
この週末は、3の「シュレディンガーの猫がいっぱい」をゆっくり読みました。量子力学の多世界解釈については、恥ずかしながら、ほとんど何も知りませんでしたので、「ああ、こういうことを、一生懸命考えている人がいるんだなあ」と、妙に感心したものの、肝心の本論については、腑に落ちないことばかりです。そもそも、こういう本来数学の言葉で記述されるべき問題を、啓蒙書の中で平易な言葉で取り扱うのには、本質的な困難があるわけで、おそらく、私の疑問のほとんどは、私の無知と数学力の不足から来るものだとは思います。2もじっくり読んでから、また、気が向けば何か書くかも知れません。
ひとつだけ、無知をさらすのを覚悟で考えたことを書いておけば、波動関数で記述される確率的な(あるいは、多世界の重なりあいとしての)電子のふるまいというのは、有機化学者にとっては、ある意味で日常的なもので、むしろいまさら観測によって位置の定まった粒子などに収束されては困るようなところがあります。われわれが、分子間の相互作用などを考えるときは、電子をあくまで電子雲というか、軌道として取り扱っているのであって、粒子としての電子を意識することはほとんどありません。薬物と生体分子の相互作用なども同じことです。このような相互作用はサイズ的には、マクロとミクロの中間に位置するものでしょうけれど、その相互作用の結果が人間の生理状態に大きな影響を与えることを考えれば、マクロな現象といわざるを得ません。マクロな現象である以上は、数ある多世界の中から、その観測者というか、当の生体分子の持ち主である人間と住む世界を同じくする電子のみがかかわってるはずですが、問題なのは、そういう粒子として収束してしまった電子では、現象としての有機反応を説明できないのです。うーん、なんだか、私の言いたいことを、意味がわかるように書くのは、ほとんど不可能なように思えてきましたので、続きはまたの機会に。
写真は、近所の街の公園です。もともとは、市民革命のころに取り壊された古城跡なんです。