豚インフルエンザ
豚インフルエンザの感染が広がっています。当局の対応が行き過ぎなのか、適切なのかは、判断の難しいところですが、いずれにせよ、私のように胸部および上腹部のリンパ節を根こそぎにされている人間にとっては、弱毒性とはいっても、このウイルスに十分な免疫反応が起こるかどうか、かなり心もとないものです。出来ることなら、かかりたくないですねえ。
ところで、このインフルエンザウイルスに関して、とてもよくまとまった記事をみつけましたのでご紹介します。どうやったら、インフルエンザにかからないか、というような実用的なことではなくて、最近の新薬の開発が、どのようなコンセプトで行われているのかということが、このウイルスを例に書かれています。ここに紹介されている、ターゲットの構造に基づいた薬物設計というのは、現在の創薬プロセスの根幹を成すものです。これを読んだだけでも、この分野が、分子生物学、医学、構造生物学、有機化学、計算化学などの最先端のサイエンスを集約した、きわめて学際的な分野だということがお分かりいただけると思います。要するに、一人の専門家では歯が立たないんです。逆に言うと、一人一人の研究者が、ほんとにいろいろなことを勉強しないといけない。
写真(図)は、タミフルが鳥インフルエンザウイルスのノイラミニダーゼに結合しているところです。酵素のポケットの深いところにはまっているのがわかると思います。ここは、酵素の活性部位、その働きのおおもとをつかさどる部分ですから、なかなか突然変異が起こりません。これがタミフルが、比較的広い範囲のインフルエンザに効果を示す理由になっています。ポケットの入り口付近の酵素活性に直接関係のない部分は、どんどん突然変異で変化してゆきますから、このあたりを狙って薬を作ったのでは、新しいウイルスに対しては、すぐに効果がなくなってしまいます。あくまで大雑把なはなしですけれど。
小生も、もともと大学で有機合成化学を専攻していたのですが、どういう訳か分子生物学ー細胞生物学に鞍替えして、今は、大学の化学科で分子生物学を教えています。豚インフルエンザではありませんが、20アミノ酸からなるランダム・ペプチド・ライブラリーをレンチウイルスで培養細胞に入れて、インフルエンザやHIVによる増殖抑制や細胞死を回避するペプチドなどをスクリーニングして、ペプチドの結合する標的タンパクを探し出し両者の構造解析をして、量子化学による構造予測から薬のリードになるような化合物の骨格をターゲットの構造に基づいた薬物設計から探し出すプロジェクトを持っています。コンピューターによる構造予測からタミフルは見つかりましたが、このようなアプローチで新しい薬の開発のseedsになるようなものを見つけたいのですが、それぞれのトップクラスの専門家が集まっていろいろやっているわけですが、なかなかどうして簡単ではありません。
独立後初めて発表した遺伝子単離の論文が、Aurora-Bで、論文的には世界で最初の報告になり、その後、この阻害剤が有望な抗がん剤の候補になるということに気づき、10年前、日本の製薬会社にスクリーニングを打診したところ、どこにも鼻も引っかけられないというありさまで、ところが、これがイギリスのAZどころか、世界中の製薬会社で阻害剤スクリーニングをやっていないところはないほどブームになってから、日本の製薬会社もようやく興味を持つようになった経緯があり、二度と日本の製薬会社とは仕事はしない(といっても向こうから研究費をもらったことはありませんが)、と誓いました。
kayatsuriさんのブログは随分前から知っていましたが、どういう訳が、クラシックギターの方で、読めば読むほど、クラシックギターの嗜好が同じあることに気がつき時々お邪魔していましたが、裏ページ(どっちが表か?)に、がん関係のことがあって、仕事も非常に近いことに最近気づきました。中学生の頃、ジョンなどに魅了されクラシックギターの世界に入りましたが、同世代の奇才、山下和仁の凱旋コンサートに行って完全にノックアウトされ、しばらく離れていましたが、大学に入ってからクラギに戻りました。同じ59年生まれで、大阪出身、有機化学を専攻し、現在、抗がん剤を研究、ギターもハウザー系の音が好きで(好きなはず?)、なんだか読めば読むほど他人とは思えません。
kayatsuriさんのクラシックギターの表の方も楽しみにして見ていますが、こちらの裏の方もとても楽しいですねえ。
Comment by M. Velazquez — 13/07/2009 @ 09:28 am
Velazquezさん、はじめまして。
こんな、私の寝言のような駄文をちゃんとした大学の先生に読んでいただいているなんて、どうも、申し訳ないような気持ちです。Aurora-Bは、うちの会社でもスクリーニングしたことがあったように思います。私自身はかかわりませんでしたけれど。いずれにせよ、キナーゼは馴染み深いターゲットですが、最近はオンコロジーには、ちょっとご無沙汰しています。
「二度と日本の製薬会社とは仕事はしない」なんておっしゃらないで、どんどん、機会を見つけてコラボレーションしてください。あるいは、バリデーションの確立した良いターゲットがあるのなら、どこからかファンドを引っ張ってきて、バイオベンチャーを立ち上げるか・・・ですね。今の経済状態では、ベンチャーキャピタルの財布の紐も硬いでしょうけれど。
Comment by 蚊帳吊りウサギ — 14/07/2009 @ 10:15 pm
VertexというボストンにあるベンチャーカンパニーがAuroraのキナーゼ阻害剤VX-680/MK-0457を見つけ出して、本当か嘘か知りませんが、それをMerckが6億ドルでパテントを購入したらしいのですが、そもそもこの遺伝子の国際特許はこちらが持っていて、こういうケースでは訴えても全く駄目なのでしょうかねw。論文が発表される前に阻害剤のスクリーニング系をセットアップしていたので、あのとき製薬会社と提携して阻害剤スクリーニングをしていれば、有望な抗がん剤が見つかっていたのではとちょっと残念です。
まあ、そういうことがあって、できるだけ製薬会社なんて頼りにしないで、自前でリードになるような化合物を見つけようといろいろなプロジェクトを立ち上げたのですが、我々、大学の小さな研究室で基礎だけをやっている素人衆にはなかなか難しい分野です。
日本の製薬会社の研究員と話し合う機会は少なくないのですが、将来有望になるseedを見つけ出す能力は、欧米の製薬会社の研究員に比べれば圧倒的に劣ります。
薬の開発は10億円単位の金が出て行きますから、可能な限りリスクを取りたくないという気持ちはわからないではないのですが、メガファーマの後追いを金魚の糞のように追いかけても、そのうち外資に食われるだけといえば、酷な言い方なのでしょうか。
資金的には太刀打ちできないところも確かにありますが、日本の製薬会社が2-3社を除いて消えてしまってもこれじゃ仕方ないなあとつくづく思いますね。未だに道修町から脱出できないでそのうち黒船が来て飲み込まれてしまうのは時間の問題ではないのでしょうか?
彼らにはあまりにも危機意識がないような気がします。それとも蛇に見込まれた蛙の心境なのかな。11
Comment by M. Velazquez — 15/07/2009 @ 01:03 pm
>欧米の製薬会社の研究員に比べれば圧倒的に劣ります
あらあら、これは手厳しいですねえ。私も、分類すれば、欧米の製薬会社の研究員ということになりますので、やはり例外というのはあるわけで、まあ、いろいろなレベルの人がいるのは、世の東西を問わないように思います。
>日本の製薬会社が2-3社を除いて消えてしまっても・・・
うーん、新薬を継続的に開発しつづけることが出来る会社の数は、日本くらいの国のサイズなら、二つ三つというのが健康的なんじゃあないでしょうか。今が、多すぎるんですね。ただ、日本の場合、会社間の人の動きがほとんどありませんから、人的リソースの再編成は、欧米に比べて極端に難しいでしょうねえ。
>素人衆にはなかなか難しい分野です
いやあ、誰がやっても、とても難しい分野ですよ。新しいターゲットを見つけることは、新規性を確保するためには大変なアドバンテージですけれど、よく見てみると、first in the class の薬剤が best in the class であることは稀です。この業界で生き延びてゆくためには、会社それぞれにベストの選択肢は、大きく違うものと思います。
あんまり、本業に近い話になると、いろいろと書きにくいこともあるので、そろそろこのへんで・・・・
Comment by 蚊帳吊りウサギ — 15/07/2009 @ 07:51 pm