
下の記事のKAZUさんへのレスのなかでもちょっと触れましたが、次は現代の曲をやってみようと思っています。あれこれ考えて選んだのが、デュアルテの「カタロニア民謡による変奏曲」です。あーあ、書いちゃった・・・・。これで、あとに引けなくなりました。こういう、現在の自分の実力では、音楽的にも技術的にも、そうとうに無理のある曲を選ぶのは、やはり、曲に助けてもらって、少しでも先に行きたいと思うからです。単純にメカニカルな問題だけを考えても、いったい人間の指の運動性能というのは、練習によって、何歳くらいまでなら、進歩を続けられるものか知りませんが、多少なりとも可能性の残されているうちは、いろいろ知恵を絞ってジタバタしてやろうと思っています。
10月の末に練習をはじめた当初は、何しろたいへん難しい上に長い曲ですから、前半と後半に分けて録音すれば、演奏アップの間隔もあきすぎないでよいかなあ、と思っていたのですが、ウェブ上のギター仲間の活躍ぶりを見ているうちに、思い直しました。考えてみれば、今までの私のやり方は、HPへの演奏アップにこだわるばかりに、1、2ヶ月で一曲を仕上げては、次へ行くということの繰り返しでしたが、ステージで弾く事を前提にしている人にとっては、私のゴール、つまり録音出来る程度に仕上げることは、スタート地点に過ぎません。皆さんは、ある程度仕上がった時点で、人前で弾いてみて、その結果を以後の練習にフィードバックするということを、場合によっては、一年、二年と繰り返してゆくわけですから、最終的な習熟度がぜんぜん違います。おそらく、脳内で運動記憶が保存されている部位も、違うんじゃないかな。そう思います。
そういうわけで、これは、要するに、しばらく録音のアップはありません、ということへの言い訳です。熟成期間をおきつつ、ある程度の頻度でアップを続けるためには、複数の曲を平行して練習するしかありませんが、そのためには、当然練習時間を増やす必要が出てきます。あちらを立てれば、こちらが立たず。楽して上手くなろうと思っても、そうは問屋が卸しません。

プラハでは、ちょっとした掘り出し物を見つけました。写真は、着替えのシャツやセーターにぐるぐる巻きにして、運搬中の「掘り出し物」です。手荷物として、キャビン内に持ち込めたのはラッキーでした。詳細と写真は、レポートのページに。

近年、日本でのブログ熱には目を見張るものがあります。いったい、ウェブ上にどれほどの数のブログがあるものか、見当もつきませんが、何気なくはじめたブログがきっかけで、図らずも、自分の中に人知れず眠っていた、ものを書くことに対する情熱を発見された方も多いことでしょう。私はというと、振り返ってみれば、子供のころから文章を書くことは好きでした。「蟹の旅」という、はじめての短編小説らしきものを書きしるしたのは、小学校の二年生の時のことでした。400字詰めの原稿用紙に20枚近くにもなる大作で、自分で挿絵まで書き、厚紙の表紙をホチキスで留めて装丁して小冊子にしたものも、度重なる引越しの騒動にまぎれて、今はどこにあるものか知れません。
わたしなどが、文章作法のことを書くのは、まったくおこがましいの極みですが、一つ、二つ、日ごろから気をつけていることがあります。それは、声に出してすんなりと読めるように書くこと。それから、書きたいことは、頭に浮かんだそのままを、けっして、真正面には書かないことです。第一の点は説明の必要もありません。二つ目は、つまり、たとえば、ある景色を見て、絵葉書のように綺麗だな、とおもったなら、絵葉書のように綺麗だった、とは書かないということです。そう書いてしまったら、ブンガクになりません。様々な策をめぐらし、言葉を操り、読み手の脳内に自然と絵葉書のような風景が想起されるように書くのが理想です。そして、理想と現実の距離に打ちのめされつつも、こりもせずに、くどくどと書く。これは、楽しいことです。
さて、お題がプラハの話ですから、やはり、プラハの話をしなければ。で、上の写真は、モルダウ河畔から見上げたプラハ城です。「絵葉書のように綺麗」ですね。

プラハというところは、夜の更けるのが早いところです。休暇というと、私は、スペインやイタリアのような暖かいところへ行くことが多いのですけれど、ああいうラテンの国の人たちは、とにかくもう、宵っ張りです。生活のリズムが日本人とは、ぜんぜん違います。レストランがにぎわい始めるのは、夜も10時をすぎてからですし、街は12時を過ぎてようやく本調子。まだ、道では、小さな子供が子犬を連れて遊んでいたりします。これくらいの時間になって、やっと、さあ、腹ごしらえも出来たし、飲みに行くぞ!って感じですね。
それにくらべて、プラハの人たちの夜の引き足の速いこと、速いこと。こちらは、いつものペースで9時過ぎくらいにカフェに入ったら、ご飯を食べている人なんて一人もいません。注文が運ばれてくるまでにも、一人帰り、二人帰りして、どんどん周りがさびしくなります。心細いことこの上ない。おい、おまえたち、ちょっと待て。俺たちを置いてどこへ行く?
写真は、食後のエスプレッソをすするころ、すっかり人通りのなくなった旧市街広場。カフェの中は私たちと、この人だけ・・・・・・。
プラハというところ、犬も歩けば・・・・ではないけれど、出るわ出るわ。チェコ・ギターデュオのコンサートからホテルへ帰る途中、またしても到底無視できないコンサートのポスターを発見してしまいました。「トミー・エマニュエル」ギターコンサート。この人はクラシックギタリストではなくて、いわゆるアコギ弾きですが、とにかく、巧いし、それよりも何よりも、最上級のパーフォーマー・エンタテイナーです。大ファンなんです、私。
ところが、そのポスターがチェコ語で読めず、日時こそ明日夜7時からと推察できるものの、肝心の会場がわかりません。さてどうしたものか。あれこれ思案する私を尻目に、そのとき、わが細君、少しも慌てず、その心胆、大胆にして不敵。「はがしてゆこうよ」と言うなり、ばりばりばり、くるくるくる。
そうして、もって帰ったポスターが上の写真です。おかげで、ホテルのコンシエルジュにチケットの手配を頼むことが出来ました。ところが、トミーの人気はプラハでも相当なものらしく、椅子席はすでに完売で、手に入るのは立見席のみとのこと。旅行中で、体力の方に不安のあることもあり、残念ながら今回は見送ることにしました。やっぱり、行けばよかったかなあ・・・・まあ、今夜もYouTubeで我慢するか。

さて、プラハへついて数時間もたたぬうちに街角に発見したポスターが上の写真です。チェコ・ギターデュオ・コンサート、明日、聖イルジー教会にて、夜八時より。チェコ・ギターデュオって、聞いたことのあるような、ないような。とにかく、出かけてみることにしました。
大聖堂横の小さな礼拝室にしつらえられたステージに現れたのは、年のころなら50代半ばのお二人。おそらく、ご夫婦でしょう。プログラムには、 Jana & Petr Bierhanzlとあります。イギリスに帰ったあとでHPを調べてみたら、プラハ音楽院の同級生デュオのようです。ペートルさんの手にしているのは、明らかにフラメンコギターです。一方、ヤーナさんの方は普通の杉のクラシックギターに見えます。で、プログラムが、ヴィヴァルディ、パガニーニ、アルベニス、グラナドス、フラメンコ・・・・・えっ、フラメンコ?うーん、こういうパターンは、私の経験からすると、大変まずい組み合わせです。食べあわせが悪いんですね。ウナギと梅干のような。
一抹の不安を抱えつつも、コンサートは始まりました。いきなり、結論から書いてしまうと、私の不安は、半分的中し、半分杞憂に終わったと言うべきでしょう。技術的には、最近の若手ギタリストのようなサイボーグ的な正確さこそないものの、大変に達者で安心して聴いていられる演奏でした。アンサンブルは一糸も乱れず、ほぼ完璧で、さすがに夫婦デュオと思わせるものがありました。演奏のスタイルは独特です。スペインものでも、私の歌い方の感覚とまったく違ったフレーズが次から次へと現れて、共感こそしないものの、新鮮でした。フレーズの間の息継ぎの間が極端に短くて、どことなくジプシー音楽風です。言葉にするのは難しいけれど、繰り返すたびにテンポを増して加速してゆくコサックダンスを思い浮かべていただけるとよいかもしれません。ここは東欧なんだなあ、と妙に納得しました。

旅行先にプラハを選んだわけは、ただ漠然と、旧東欧圏へ行ってみたいという、至極単純な思いからです。古いヨーロッパの町並みの残る、ビールのうまい所。そんな月並みなイメージを頭のなかに描きながら、観光ガイドを眺めていると、音楽と芸術の都、とあります。あれ、それはウィーンのことじゃないのかな。いやまあ、プラハだってアマデウスの撮影の舞台になっているし、すてたものではありません。ゆかりの音楽家と言えば、モーツァルト、ドボルザーク、スメタナ・・・・、ギタリストのパベル・シュタイドルもチェコ人だし、シュテファン・ラックはプラハの音楽院の教授だったはず。そういえば、マリオネットとか、伝統的な人形劇の盛んなところでもあったなあ。何年か前にテレビで見たチェコのコマ撮りアニメーション映画は芸術性の高い、すばらしいものでした。
さらにガイドを読み進みます。プラハはカフカが生まれ、その一生のほとんどを過ごした街。ありゃあ、そうだったか。これは、一生の不覚。フランツ・カフカと言えば、私の大好きな作家。高校時代に、短編の変身にはじまり、城や審判などの代表作を夢中になって読みました。読んでいるうちに、自分は一体、今、何を読んでいるのかさえ、確信の持てなくなってくる麻薬的かつ理解不能の不条理と非現実。そうか、カフカの城は、プラハ城だったのか・・・・・。
そういうわけで、プラハへの期待感は、私の中で否応なく、むくむくと膨らんでゆくのでした。
写真は、血中チェコビール濃度5%時の蚊帳吊りウサギの見た夜のプラハ城とカレル橋。