シリーズ・日本の創薬ベンチャーを考える(その5)
ここまで読んでこられた方なら容易に想像がつくと思いますが、その企画書の内容というのは、次のようなものでした。(あくまで周辺情報からの推測ですが)
1.ノバーティスはアリスキレンの開発権をR&Dベンチャーに譲渡(ライセンスアウト)する
2.ベンチャーは十分に採算のとれるようなアリスキレンの工業的製造法を開発し、第2相までの臨床試験を行い、POC(プルーフ・オブ・コンセプト、具体的なターゲット疾病に対する薬の効果のこと)を確立する
3. この時点でノバーティスは、優先的なコールバックの権利(アリスキレンの開発権を買い戻す権利)を有する
もちろん、開発がうまく行くとは限りません。また、うまく行ったとしても、何かの理由でノバーティスがコールバックの権利を行使しない場合は、どこか別の製薬会社へのライセンスを検討しなければなりません。別のライセンス先が見つからなければ・・・ベンチャーは多額の借金を抱えて倒産の憂き目を見ることになります。さて、その役員会で役員の一人が「で、そのR&Dベンチャーというのはどこの会社のなのかね?」と、アリスに尋ねたかどうかは知りませんが、もし尋ねたのだとしたら、アリスはこう答えたはずです。「その会社は、これから、私がノバーティスを退職して、設立するのです・・・・」 スピーデルという創薬ベンチャーは、ただひとつ、アリスキレンという薬を世に出すためにのみ生まれてきた、ほんのわずかの中枢機能以外のすべてを外部委託でまかなう、バーチャル・カンパニーであったのです。
その後の詳細をはしょって結論だけを書けば、スピーデルは見事アリスキレンの開発に成功し、コールバック・オプションを行使したノバーティスは開発を継続して、昨年ついにアメリカと欧州の当局から新薬承認をとりつけるに至りました。世界初の経口レニン阻害薬の誕生です。スピーデル自体も、循環器系を中心にいくつものパイプラインを抱える立派な中堅ベンチャーに成長しました。このスピーデル設立のいきさつを思い出すたびに、創薬ベンチャーをはじめる人というのは、大航海時代の幕開けのころ、地球は丸いという(当時の)仮説を信じて大西洋にのりだしていったコロンブスのようだなあ、と思います。違うところといえば、大西洋を西へ西へと進んでも、海の水が轟音とともに無限の深遠へと流れ落ちているような巨大な滝に出会うことはありませんが、新薬の開発の場合には、そういう途方もない滝が結構あちらこちらに見られるということでしょう。私も会社でデスクに向かっていると、なんとなく遠くの方から地響きのような滝の音が聞こえるような気がすることがあります。果たして、わが社は黄金の国、ジパングへたどりつけるのか?
ところで、ファイザーの話はどうなったのかな?
続く