シリーズ・日本の創薬ベンチャーを考える(その4)
今回のファイザーのリストラで閉鎖になったのは日本の研究所だけではないのですけれど、職を失った研究員たちの再就職のチャンスについては、すでに書いたように、日本と欧米では雲泥の差があります。このあたりにEBOによるベンチャーの設立という道が選択された理由があるのでしょう。また、ファイザー本社としても、日本の雇用の特殊性を考えれば、道義的にスピンアウトを積極的に支援せざるを得なかったものと思います。しかし、ファイザー本社のトップマネジメントを納得させるのは、大変な骨折りだったことと想像されます。結局、380名の転進先の内訳は、ファイザー内の他部署に吸収(90名)、転職(210名)、スピンアウトに参加(80名)と報道されました。
このスピンアウトの話を聞いて、私が一番最初に思い出したのはスピーデルという会社のことでした。スピーデルを創立し、現在もCEOとしてそのビジネスを引っ張っているのは、アリス・ハックスレイ。アリスのスピーデル設立のいきさつは、こうです。チバ・ガイギーのバイオテクノロジー部門に研究員として職を得たアリスは、その後めきめきめきと頭角を現し、チバ・ガイギーとサンドが合併しての現在のノバーティス・ファーマとなった時には、グローバル・プロジェクト・マネジャーとして、癌・循環器系薬の臨床開発のマネジメントを担当していました。製薬会社同士の合併の際には、お互いのパイプライン(開発候補化合物)の統合・整理が行われ、当然のことながら、開発候補から外れる化合物も出てきます。チバ・ガイギーとサンドの合併に際して、パイプラインからこぼれ落ちた化合物の中にSPP100(アリスキレン)がありました。アリスキレンの化学構造が複雑すぎて、工業規模の合成に費用がかかりすぎる点、また、当時、レニン阻害剤の薬効のはっきりとした証明がなかった点が、開発候補から外れた理由となったのです。アリスキレンは、レニンという酵素を阻害して血圧を下げる働きをします。アリスキレンに大きな期待をかけていたアリスは、この決定に大いに憤慨して、ノバーティスの役員会に一通の企画書を提出します。その企画書の内容というのは・・・・
続く