このブログには
基本的に私が面白いと思ったことを、あくまで自分勝手に書きつけてあるわけです。そうはいっても、一応の仮想読者層というものがありますので、あまりにも一般性のない話は、いくら自分が面白いと思っても、やはり、書きにくいものです。ここのところ、ずっと更新が滞っていたのは、公私共に多忙、且つ過ストレスであったということのほかに、「面白いなあ」と思ったネタがあまりに私の専門に偏りすぎていたという事情があります。
しかし、それしか書くことがないのであれば、まあ致し方ない。誰にはばかることもない。えい、書いてしまえ・・・というわけで、今回の話題は、先日、北イングランドはヨークシャーのヨーク大学で開かれた、SBDD講習会の話です。SBDDというのは、Structure-based drug design(構造に基づく薬物設計)の略で、薬物の作用する受容体や酵素と薬物が相互作用をした結果できるタンパク・薬物複合体の三次元構造に基づいて、合理的に新しい薬を設計・開発する手法のことです。酵素の持つ高い基質選択性を説明するモデルとして、鍵と鍵穴のアナロジーはあまりにも有名ですけれど、このタンパク・薬物複合体の構造を知るということは、要するに鍵が鍵穴にはまったところをスナップ写真に撮ってくるようなものです。その構造というのは、X線結晶構造解析やNMRなどの手法を使って明らかにすることが出来ます。こういう動かぬ証拠を手に新しい薬の構造を考えてゆくことで、従来のように闇夜の鉄砲的なランダム・スクリーニングに頼らない、効率的な新薬の開発が出来る・・・のじゃあないかなあ・・・出来ればよいなあ・・・上手くいったらボーナスでるかなあ・・・というわけです。
いやあ、やっぱり書きはじめてみると重いですね。そこで、さっさと話題を変更することにします。写真は、ヨークを取り巻く城壁から街の中心部を眺めたところ。遠くに大聖堂が見えます。
トコトコ歩いていって見上げて見たところが下の写真。紺碧の空に突き刺さるようなその威容に圧倒されます。
この街は、古くはバイキングやスコットランド人の侵入からイングランドを守る北の軍事上の拠点でありました。ニューヨークというのは、新大陸へ渡った人たちが故郷のヨークを懐かしんでつけた名前なのかもしれませんね。なんだか、支離滅裂だなあ。
薬の開発の話はチンプンカンプンですが、「設計」なんていう言葉が使われるのは興味深いですね。
というわけで、ご自身が面白いと思ったことを書いていただいたほうが、読む側も楽しいです。なんなら「仮想読者層」をその都度シフトしてしまえばいいじゃないですか。
Comment by あ次郎 — 23/05/2007 @ 04:11 pm
あ次郎さん、こんにちは。
専門のことを書きにくいというのには、あまりにもオタク的だからという理由のほかに、その話をするための言葉が非常に特殊なために、一つ書くと十倍くらいの分量を使って、そこに出て来た言葉の説明をしなければならない、という事情があります。要するに、わかりやすく書くのにすごく骨が折れるんです。これは、そちらのブログの「世界一受けたい・・」の話にも通じるところがあると思います。基本的な事実について、誤りなく、わかりやすく書く(番組をつくる)というのは大変なことですね。
それにしても、「地球の影」や「水蒸気」の話はひどいなあ。なんだかサイエンスの第一線が進歩するにつれて、社会全体としてのサイエンスのレベルは、少なくとも相対的には、低下していっているように思います。先日の波動の話のように、世の中に疑似科学が氾濫するのもそのせいかもしれません。
科学というのは要するにモデルの構築だと思います。複雑怪奇な自然現象を人間が理解、咀嚼できるように単純化して脳内に再構築する作業です。だから月の欠けた部分が地球の影であるというとんでもないモデルにも、科学として成立する可能性はあるわけですけれど、そのモデルをいろいろな観察事実に照らし合わせて吟味する段階で様々な不合理がでてくるので、科学的なモデルとしては却下されるわけでしょう。世に言う「科学的に証明されている事実」というのは大半の場合、この吟味の段階で「まだ決定的な不合理が見つかっていない」という程度の意味で、「三角形の内角の和が180度である」というような厳密な意味で証明されているのではありません。このあたりのことは、それはもう、恐ろしいくらい世の中に誤解されていると思います。
Comment by 蚊帳吊りウサギ — 23/05/2007 @ 08:40 pm
科学の進歩は「この世の真理」を測定する精度を向上させる過程である、という考えがわりと気に入っています。高い精度が必要ない場合は古いモデルを使っても構わない。天動説でもニュートン力学でも。
たとえば天動説があたりまえだった昔は、太陽や月の動きを測定して暦をつくり、農作業に役立てたりしたことが立派に科学的な態度だったでしょう。今でも「太陽は東からのぼって西に沈む」と言っても困る場合は多くありません。
しかし疑似科学というのは単に精度が悪いということではないですよね。向いている方向が全然違う。四角い太陽が北からのぼるような話をしています。
疑似科学の氾濫が、科学の第一線が常人に理解不可能な領域に至ったせいかどうかは分かりません。しかし、宇宙の根源はヒモの振動だ(超ヒモ理論???)とか言われてもミミズがのたくっているイメージしか湧かないのも事実で・・・(^^;;;
Comment by あ次郎 — 25/05/2007 @ 11:43 pm
「疑似科学の氾濫が、科学の第一線が常人に理解不可能な領域に至ったせい」なのではないと思いますね。むしろ、科学の進歩が、私たちの子供のころに言われていたほど、人類の幸せな未来を保証しないということがわかってきたことが問題なんじゃないでしょうか。その一方で、科学は極端に細分化して一部の専門家のおもちゃになり、我々の実生活から乖離してしまいました。こういうことを受けて社会全体としての科学離れが起こっているのだと思います。要するに、科学は普通の人には興味の持ちにくい対象になってしまったのでしょう。結果として、科学のもたらした便利な結果だけを、理屈をすっ飛ばして手っ取りばやく使おうとする風潮が広まり、身近なものがどんどんブラックボックス化していっています。だから、そのすっ飛ばした部分が「ホンモノ」であるか「擬似」であるかをきちんと考えておかないと、「結果」の部分で痛い目を見ます。たいていの健康食品の類も極めて「擬似」に近いでしょうね。
Comment by 蚊帳吊りウサギ — 26/05/2007 @ 09:59 am