蚊帳吊り家・知られざる音楽の系譜
先日帰国の折に、実家で仏壇の引出しを整理していましたら、塗りの箱の中から「古文書」と書かれたなにやら意味ありげな袋が出てきまして、その中には巻物やら半分朽ち果てたような冊子やらが入っていました。その冊子はなんと我が家の系図でありまして、初代為盛は明暦年間(1655-)の生まれで、私ことウサギは第十代蚊帳吊り家当主であることが判明いたしました。十代で300年はちょっと長いように思いますのでどこか間違っているのかも知れません。なにせ、にょろにょろに書き下した古文はどうもよく読めませんから。
一方、巻物の一つは私の曾祖母、嵯峨のお琴の免状でありました。母の言うところによりますと嵯峨はお琴の名手で(身内の話ですから、まあ、実際はどんな腕前だったのかわかりませんが)その娘も、当時では珍しく上野の音楽学校でピアノを学び、某高等女学校の音楽教師を務めたそうです。どうも、蚊帳吊り家は音楽教育に熱心だったようで、父も幼少時には謡と鼓を習っていました。その後は、時おり機嫌の良い時に旧制高校の寮歌などを鼻歌で歌うくらいで、音楽にはまったく興味を示さなかった父ですが、そういえば、不思議と音程をはずすのを聴いた覚えがありませんから、耳の良い人だったのでしょう。代々続いた幼少時音楽教育の伝統が第十代にしてとぎれてしまったのは、なんとも残念と言うか、「何もよりによって、俺のところでやめることはなかったんじゃないの???」と思うウサギであったのでした。
ウサギさんのどことなく漂う品の良さは
由緒のある系譜のご出身だったからっだったんですね。
昔テレビで「ルーツ」という海外ドラマが流行ったとき
何世代も過去の系譜にそんなにこだわるものなのかな と思って興味が湧かなくて私は結局観なかったんです。
その後 もう20年以上前ですが母が結局亡くなることになる入院生活のとき見舞いの病床で母の思い出話を何度か聞かされました。
母の人生なんてそのとき初めて聞いたことばかりでした。誰かが伝記を書いてくれたり系譜を残せるような家系の人物でない普通の個人の人生なんて(あるいは存在すら)誰も知らないものになってしまうんですね。
そのとき初めてルーツの中のクンタキンテ(キンタクンテ・・・あれっ??)が自分のルーツにこだわった気持ちが分かったような気がしました。
・・・なんてことを思い出しました(^^)
Comment by tri — 11/02/2007 @ 04:13 pm
へっ? 何か漂ってましたか、わたしのまわりに・・・
しばらく風呂に入らないと、まあ、なんか漂っていることもあるかもしれませんけれど。
Triさん、今回は東京ではまったく時間がなくてお目にかかれず、残念でした。それにしても、系図を詳細に見てゆくと「あらら、このご先祖さまは、こんなことをして・・・あんなこともして・・・」なんていう記録がはっきり残っていますから、母はみっともなくてよそ様には見せられないなんて言っていました。昔は男の甲斐性と言ったもんですけどねえ。
Comment by 蚊帳吊りウサギ — 11/02/2007 @ 06:37 pm